シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

香奈衣が、カウンター奥からコーヒーを淹れて春輝の前にそっと置く。

「ほら、いつもの。少しだけ甘めにしてある」

「……ありがと」

春輝は微笑みながら、香りを一つ吸い込んでから、
マグカップを両手で包み込むように持つ。

店内にはランチの余韻がわずかに残っていたが、
バックヤードに入っている舞香の足音は聞こえず、静かだった。

「……ねぇ、春輝」

香奈衣が声をひそめる。

「ん?」

「私に気遣って舞香に触れないようにしてくれたでしょ。……そういうとこ、ずるいよね」

「んー、それが“彼女持ちの礼儀”ってやつじゃない?」

「礼儀、ね。……まあ、助かったけど」

言葉とは裏腹に、その声には少し甘さが滲んでいる。
香奈衣はカウンター越しに、静かに春輝を見つめた。

「……ねぇ、春輝。好きだよ」

「うん、俺も」

どちらからともなく、わずかに身体を傾けた。

舞香がバックヤードにいることを意識しながら――
音を立てぬよう、視線を逸らすように。
ふたりはカウンターの中央、ギリギリの距離で、
そっと唇を重ねた。

ほんの一瞬の、羽のようなキス。

けれどそれだけで、胸の奥がじんわりと満ちていく。

「……バレたら舞香に冷やかされるから、これ、今日だけ特別」

「はいはい、どうせまた俺がバラされるんでしょ」

「そうね、舞香にはなんでも話しちゃうし」

「えぇぇ……」

笑いを堪えながら、
けれどふたりの指先は、マグカップの向こうで、
そっと重なったままだった。