シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

久瀬消防署、朝の始業前。
更衣室に響くカーテン越しのやわらかな日差しの中、
朝比奈が制服の上着を整えていると、扉の向こうからにやついた声が響いた。

「おはようございまーす、朝比奈“気道確保”班長~」

振り返った朝比奈の眉がぴくりと動いた。

「……何の話だ」

「いやあ、昨日リエールで聞いたんですよ~」
檜山が涼しい顔で言いながらロッカーを開ける。

「“高島さんを傷病者に見立てて回復体位の練習してた”って、
すごいなあ、現場への意識、高すぎて尊敬します~」

「……っ!」
朝比奈の手が止まった。

横で池野がくすくすと笑いを噛み殺しながら、ボードを持って寄ってくる。

「それだけじゃなくて、ちゃんとやさしい声かけも忘れないんだって?
さすが、マニュアル通り。隊員の鑑ですね」

「おい……誰が言った、その話……」
低く問い詰める声も、どこか焦り混じり。

「舞香さん本人から。
すっごく可愛く笑いながら暴露してましたよ~」

「……っ……っ!」
朝比奈の耳が、目に見えて赤く染まっていく。

「なに、図星ですか? 回復体位も? キスで呼吸確認も?」

「言ってないだろそんなこと!」
とうとう、語気を強めて朝比奈が言い返すと、ふたりは爆笑した。

「いや~、真面目で一途な朝比奈さんが、
そんな甘々な顔するって思ったら、俺たち、ちょっと安心しちゃって」

「……あのな」

朝比奈は、額に手をあてて深くため息をついた。

「……もう黙れ。仕事始まるぞ、資料持ってこい」

「はいはーい。今日も全力で訓練ごっこ、頑張ってくださいね~」

その背中に、何かを投げつける真似をする朝比奈。
だけど――どこか緩んだ頬を隠せないまま、
彼は資料を手に、今日も誠実な顔で現場に向かっていった。