シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

夜のリビング。
ストレッチマットの上に舞香が仰向けになると、海斗は膝をついてそばに座り込んだ。
手元にはタオルとクッション、そして彼の真剣な表情。

「じゃあ、訓練開始。
意識確認から。……舞香、聞こえる? 名前わかる?」

舞香は芝居がかった口調で、「……たかしま、まいか、です……」と囁く。
海斗は口元だけで笑いながらも、すぐさま行動に入る。

「よし、反応あり。顎先に指を添えて――」
彼の親指と人差し指が舞香の下顎に優しく触れ、顎先を持ち上げる。
「……頭部後屈、顎先挙上。気道確保完了」

「うわ……ほんとに訓練っぽい。
ていうか、ちょっと近いんですけど、海斗さんの顔……」

「患者の状態は一秒で変わるんだ。距離は重要」
真顔でそう言いながら、彼は舞香の胸の上下を視診し、呼吸を確認。

「胸郭の上下動、左右差なし。呼吸回数、正常範囲……っと。次、回復体位」

「えっ、これ……動かされるやつ?」

「うん。片腕を上に、反対側の足を軽く曲げて――ほら、こっち向いて」

海斗は舞香の身体をやさしく横向きにし、背中を安定させるようにクッションを添える。
腕と脚の位置を丁寧に調整しながら、身体が倒れ込まないよう支える。

「右手は顔の下、左足は前に倒す。……はい、回復体位完成」

「わたし、完全に訓練人形じゃないですか……でも、ちゃんと安定してる……」

「大事なのは、この体勢を取らせながら“声をかけ続ける”こと」
海斗は優しい声に切り替えて囁いた。

「舞香、大丈夫だよ。呼吸できてる。もうすぐ救急車が来るから、安心して」

舞香は照れたように笑った。

「……本当に、安心できそう。
わたし、今なら誰か倒れても、落ち着いて動けるかもしれない」

海斗は微笑み、舞香の手を取った。

「君の手、温かい。触れられたら、たぶん救われる人、多いよ」

「それって、褒めてくれてるの?」

「うん。いずれはAEDも教える。覚えてもらうからな、未来の補助隊員さん」

「はーい、海斗先生」
舞香が楽しげに返事をすると、海斗は思わず吹き出した。

訓練という名の夜の遊び。
それは舞香に“知識”を、海斗に“癒し”を与える、
ふたりだけの小さな命の勉強会だった。