シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

午後の訓練室。
AED、応急器材、訓練用マネキンが並ぶ中、
朝比奈、池本、檜山の三人が所定位置についた。

「訓練開始。設定は交通事故、歩行者が傷病者。
右脚に出血性の開放骨折あり。意識は保たれている」

天野副署長の言葉を合図に、朝比奈がマネキンに駆け寄る。

「聞こえますか? お名前いえますか?」

「……たなか……ひろし……」

「反応あり。右脚に出血。池本、止血お願い」

「了解。圧迫止血開始」

檜山がSpO₂とモニターの装着に入る。
朝比奈は手袋の甲に簡潔に書き込んだ――
「意1、脈↑、右脚Fx」

「モニター整、SpO₂96」

天野が短く告げる。

「状態変化。心電図波形がバラバラに振れている。意識低下、JCS2桁。SpO₂89へ」

「反応鈍化。VF確認、CPR入ります!」

池本が胸骨圧迫を開始。
AED装着、1回目の除細動。反応なし。再びCPR。

2回目のショック後、波形が戻る。

「心拍再開。橈骨でふれる。SpO₂91。JCS3桁、痛み刺激に反応」

朝比奈が無線を取り、病院へ連絡を開始する。

「こちら久瀬消防、救急搬送要請です。
交通事故による高エネルギー外傷。2回のCPA後ROSCです。
意識JCS3桁、SpO₂91。
右下肢に開放骨折、出血は止血済み。
三次救急、外傷対応可能な中央医療センターに搬送」

訓練終了の合図が鳴る。

静かな空気の中、天野が朝比奈に問う。

「朝比奈。……患者に、何度声をかけた?」

「……初期評価のときだけです」

「処置は良かった。だが、それだけじゃ足りない。
意識があった患者だ。心肺停止に至るその瞬間まで、
“不安を取り除くための”言葉をかけ続けることだって、救急隊の役割だ」

朝比奈はうなずき、深く頭を下げた。

「……次からは、最後まで“寄り添う”姿勢を忘れません」

天野は満足そうにうなずいた。

「数字も、手技も、全部正確でいい。
だが、お前たちは命を預かるんだ。心まで見ろ」

その言葉に、三人がそろって敬礼した。

手袋の端に走り書きされた「意1、脈↑、右脚Fx」。
数字の向こうに、“人”がいることを改めて胸に刻んで。