シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

──閉店作業が終わり、カフェリエールの店内が静けさに包まれたころ。

「はぁ……今日はまた、にぎやかだったねぇ」

カウンター越しにエプロンを外しながら、香奈衣がぽつりとつぶやいた。
春輝は、使い終わった雑巾を洗いながら小さく笑う。

「にぎやかっていうか……騒がしかったですね、主婦チーム」

「でも、悪気があるわけじゃないし。
むしろ、“公認カップル”扱いなんて、ちょっと光栄かもよ?」

「う、うーん……でも、俺はできれば静かに交際したい派というか……」

「ふふ、無理だよ。春輝くん、わかりやすいもん」

そう言って、香奈衣がグラスを拭きながらちらりと春輝を見やる。
目が合った瞬間、彼は反射的に目をそらした。

「ほら、それ。すーぐ照れる」

「だって、香奈衣ってば、ずるいくらい落ち着いてるんだもん……」

「店長ですから。余裕は演出も込みなの」

春輝は照れ隠しのように鼻を鳴らしつつ、
そっと隣に歩み寄る。

「……じゃあ、今は“演出”じゃない時間、だよね?」

「うん。“ふたりだけの時間”」

香奈衣が微笑みながら答えると、
春輝は照れながらも、そっと彼女の手を取った。

カフェの照明が一段落ち、
柔らかな灯りだけが残された空間。

「ねぇ……香奈衣。
こういう静かな夜、好きだなって思うの。
君とこうして、同じ空間にいられるだけで……十分幸せだよ」

「……私も。
忙しい日も、落ち着いた夜も――
どっちも、春輝くんといると、ちゃんと意味がある気がするの」

ふたりは、お互いの手をそっと包みながら、
誰にも聞かれない距離で、
こっそりと“名前”で呼び合う。

「……香奈衣」

「……春輝くん」

それだけで、胸があたたかくなった。

誰にからかわれても、かまわない。
ふたりの関係は、すでに小さな日常の中に根を張り、
そのつど静かに、でも確実に育っている。

──また明日も、同じように会えるように。
夜のカフェリエールには、ふたりだけの時間が静かに流れていた。