シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

「……まだ“香奈衣さん”なんだ?」

道すがら、歩く島崎の横で、香奈衣がぼそりと呟いた。

「あ? いや、それ以外ある? 香奈衣……ちゃん? それはないか……さんで合ってるでしょ?」

「ううん、正しい。正しいけど、面白くない」

「お、おもしろさで呼び方決めるのやめて?」

香奈衣は笑いながら、
自分の肩にかけたトートバッグを持ち替えた。

「イベントのときから思ってたんだけど、
あんた、すごい真面目なのに、隙だらけだよね」

「え、褒めてる? それともダメ出し?」

「褒めてる。」

言い切るようにそう言うと、香奈衣はふっと前を向く。

一歩先を歩きながら、
ちらりと島崎を振り返ったその表情は、
あの日のカフェの打ち合わせのときよりも、
ずっとやわらかく、でも強い。

「ねえ、島崎くん。
“進展”ってさ、押されっぱなしじゃつまんないよ?」

「……え、なに。返し要求されてる?」

「うん。次くらい、あなたのターンでもいいよ?」

「いや……そ、そんな急に言われても……」

「ふふ。じゃあ、期待して待ってる。
逃げたら、またこっちから仕掛けるけど」

信号が変わりそうになって、
香奈衣が小走りで駆け出す。

その後ろ姿を見て、島崎は思う。

(――ほんと、この人のテンポ、全然読めない)

でも、不思議とそれが嫌じゃなかった。

彼女と歩く道は、少しせわしなくて、息が上がる。
けど、次の交差点が見えてくるたび、
“次は、なにを仕掛けてくるんだろう”って、楽しみにもなっていた。