シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

休日の昼下がり、
久瀬消防署の待機室には、いつもより柔らかい空気が流れていた。

舞香が焼いてきた小さなマフィンの箱を手に、
海斗とともに署を訪れたのだ。

「本当にありがとうございました。
あのとき、救っていただいて……今こうしていられるのは、池野さんと檜山さんのおかげです」

静かに、けれど真っ直ぐな声で、舞香は二人に頭を下げた。

「いやいや! 自分たちは現場にいたってだけで……そうですよね、池野先輩?」

「うん……でも、そんなふうに言ってもらえると、救命士冥利に尽きます」

池野は舞香の言葉に、どこか照れたように笑って頷いた。

「本当はすぐにでもお礼に来たかったんですが、退院したばかりだったので」

「無理しちゃだめですよ。舞香さん、まだ完全に回復したわけじゃないんですから」

「……そうそう。それに、あの搬送のとき、保定は僕がやりましたけど、
朝比奈さんだったらもっと――」

「……ああ、“触れた”んですよね、うちの彼女に」

その声は、妙に静かで、低かった。

ぱち、と乾いた音が鳴りそうなほどに、
海斗の瞳が冷たく光っていた。

「仕事だってわかってます。でもね、池野。
少しでも痛くないようにって“そっと手を添えた”とか、
包帯の角度が“彼女に合わせてきれいに巻けた”とか、
……そんなこと、あとから聞かされた俺の気持ち、ちょっとは察して?」

その言葉に、池野は苦笑いを浮かべて一歩引く。

「……はい、気をつけます」

舞香が呆れたように笑って、
彼の袖をそっと引っ張った。

「でも……可愛い。そんな海斗さん」

「べつに、可愛くはない。俺は真剣なんだ」

真顔でそう言う海斗の横顔は、明らかに耳まで赤い。

檜山がこっそりと舞香にウインクを送った。

「朝比奈さん、ほんとに高島さんのこと大事にしてるんですね」

「……うん。だから、怒ってるのにちょっと嬉しいかも」

マフィンを手渡し、
ふたりは何度も「ありがとう」を言って消防署をあとにした。

帰り道――
「……でも、本当はずっと心配だったんだよ」
そう呟いた海斗の手を、舞香はきゅっと握り返した。