シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

久瀬消防署と所轄警察署の合同による立ち入り検査が、
カフェ・リエールの入るビル全体で実施された。

報告書の束が次々と机に積まれていく。

――違法施工、管理者不在、点検記録の偽造。

いずれも火災を未然に防ぐべき基本的な責任が、
長らく“誰の目にも触れぬまま”放置されていたことを示していた。

その場にいた隊員たちは重たい沈黙を守るなか、
海斗は一枚の報告書をじっと見つめたまま、声を絞るように言った。

「これはもう、“事故”とは言えない。
誰かの無責任が、誰かの大事な日常を奪う寸前だった」

静かに、けれど鋭く。

「俺たちは火を恐れるんじゃない。
人が生きる空間に潜む“怠慢”こそ、本当の脅威だ」

資料をそっと置きながら、
その手はわずかに震えていた。

「……どんなに訓練しても、
どれだけ備えていても――こんな不正ひとつで、すべては崩れる。
俺たちが守りたかった“普通の暮らし”が、あっけなく」

言葉を選びながらも、
声の奥には怒りがにじんでいた。

「市民の命を守るのが、俺たちの仕事だ。
その使命に嘘はつけない。
だからこそ、こういう事実は、絶対に見過ごしちゃいけないんだ」

誰の名前も出さず。
ただ“守るべきもの”に向き合う、その背中。

海斗の言葉に、隊員たちは黙って頷いた。

その日、署内に残った熱は、
どんな火よりも、まっすぐだった。