シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

「次、搬送備品チェック。酸素マスク残数、あと一本ね。補充は速やかに」

仲間の声にうなずきながらも、
海斗の手は少しだけぎこちなかった。

夜の車庫。
救急車の後部を開けて、淡々と器材の確認をしていた。

本来なら、慣れた手つきで終わるはずの作業。
それが、今日はどこか引っかかるように思えた。

――火災現場の報告を受けたのは、現場から戻ってすぐのことだった。

その一報を聞いた瞬間、
海斗の心臓が、不自然なほど強く打った。

(状態は安定……本当にそれだけか?)

あのビル。
火災の煙が回り込んでいたフロア――
カフェ・リエールの位置。

舞香がいた場所。

逃げるときに、何かあったのではないか。
息が苦しかったのは、彼女の持病と関係があるのではないか。

次々に浮かぶ思考を振り払うように、
海斗は積み重ねたマスクの数を確認する。

(……今、会いに行きたい。すぐにでも顔を見たい)

けれど、今夜の現場は重なっていた。
別隊の応援出動に備えて、救急車の補充や清掃、報告書類もまだ山積みだ。

島崎も別件の搬送で未帰署。
残されたこの業務は、他でもない――海斗の担当だった。

彼は深く息を吐き、
一つひとつの器材を元の位置に戻していった。

“誰かの命を支えるため”に今自分がいる場所と、
“支えたい人”が今ひとりで過ごしている場所。

その間にある距離が、
こんなにも長く思えるのは、はじめてだった。

(……明日、絶対に行く。必ず、会いに行く)

そう誓いながら、
静かに、救急車の扉を閉めた。