あなたは今日も目覚めることは無かった。

 日課であるあなたの元に訪れる日々。この習慣はあなたが封印されたその日からずっと続いている。

 ディータのおかげであなたの命は救われました。

 私は自らの手で殺すことはなくなり、またあなたが私を殺すこともなくなった。

 魔王が滅びたことによってあなたの呪いが解除され、目覚めることを待つ日々。

 ですがあなたは一向に目覚めません。

 あの日から、かれこれもう四十……そう、正確には四十七年。私がここに訪れるのと同じぐらい行われている毎日の解呪の儀式。

 現存するあらゆる術をディータたちが全て試したといって過言ではないでしょう。

 しかしどれも効果がありませんでした。ここ二十年は新人術師の授業や講習のために解呪が行われています。

 もしかしたらのビギナーズラックを期待してのことですが、どれも効果はありません。

 あなたは死んでしまったのか? いいえ、そんなことはありません、あなたは生きている。

 夜の衣に身をまとわれたその下からは生体反応があり、今日も生きている、明日もその先もずっと生きていることでしょう。

 時を止めながら、私はもうその先をずっと行ってしまったのに。

 ディータとはあなたの事については語りませんが、一度だけ少し深い話をしたことがあります。

 封印した際の術は龍をも封じ込める禁呪であったが、もしかしたらあれは龍との契約者を封印できる術なのでは? ということです。

 つまりはあなたは龍と血の契約を結んだもの、という可能性です。

 でもそんなことは有り得ません。だって理由がありませんもの。あなたが私の命を奪いに来る理由だなんて。

 龍との契約は本人の同意が必要とのことです。

 強制や嫌々ながらな不本意な同意では契約は結ばれない。

 強く望み、激しく欲し、心の底からの真実であるもの、そうでなければならないという全身全霊を賭けた願いと同意のもと奇跡が実現するのです。

 まさかあなたが私のことでそんな願いを抱くなんてあるわけがない。

 そんなはずは絶対に、ない。そもそもな話ですが、もしも万が一そうだとしてもです、それでは奇跡はどこに現れたのでしょうか? 

 こんなに辛く残酷な呪いを自らにかけたというのなら、どれほど素晴らしい奇跡がこの世に訪れたのか?

 無いじゃないですか?

 教えてください、その奇跡とはなんであったのかを? だって叔母様は甦っていませんでしたよ?

 あなたならそれをするはずです。死んだ叔母様をほったらかしになどするはずがない。

 あなたにはあの人以上に大切な人は……いませんでしたからね。

 もちろん私はあなたが叔母様を殺しただなんて思っていません。胸を刺し剣を抜いたというところを見ても私はあなたの無罪を疑いません。

 そうしなければならない理由があったのです。問題はその理由が分からないことですが、とりあえず命を奪うといったそんなことをあなたはしない、するはずがない。

 でもそうだとしたら私を殺しに来ていたのはなんだろう?

 と考えてしまうのですが、ここで不思議なのは私がそのことで少しも不快な思いをしていないのですよね。

 ディータらに心配されてわざと悲痛な表情を作ったりしていましたが、本心では特にはというところです。

 平気な顔をしていたら逆に妙な心配をされるのも嫌ですし。昔一緒にしていた稽古の延長だと考えたら、いつも通りのことですし、まぁちょっとハードですがね。

 あなたが弟子入りする前の最後の稽古の際の打ち込みはそれはもう殺気が漲りあふれていましたし。真剣な男はやはり美しいものだ。だからあの時に私は本気で立ち向かえた、あのかけがえのない一瞬。

 その、私達は殺意と痛みによって繋がっていたといえます。

 だからあれにはきっと深い理由があると思うし、それは絶対に私とあなたの関係によるものです。

 ある意味であなたから私への謎かけでしょう。

 だから私は考えなければならない。答えはきっとどこかにあり、私はそれに答えることが出来るはず。

 その答えに気付くことが出来ればあなたを救う手段が見つかるはずです。だから私はこうして毎日のように散歩がてらに、あなたのもとを訪れてあの日々のことを思い出します。

 それはいつだって朝のように新鮮な気分を私にもたらしてくれる。物言わぬあなたに対して私は心中でとてもお喋りとなり、かつての日々を回想する。

 あなたと出会った日からあの最後の時までを繰り返し繰り返し再生させ、そして謎のまま終わる。

 私の考えは誤りなのか? いいえ、どこかに見落としがあるはずです。

 だってそうじゃないですか。もうこの世界にはあなたと繋がりがある人は今では私だけなのですよ?

 その私のなかに鍵が無くてどこにあるというのですか? そんなのは、この私が、許しません。思い出すのですオヴェリア。

 あの日のことを……あの瞬間までのことを……そういえば、といえば、そういえばですが、

 あの一瞬の白昼夢の件ですが、あれはいったいなんであったのか? 久しぶりに思い出しました。

 そのあとのことがあまりにも衝撃的過ぎてちょっと思い出してすぐに忘れてしまいます。

 夢ですし。それにしても夢にしてはよく記憶しておりすぐに思い浮かびます。

 彼の英雄譚のひとつとして採用させましたが、よくよく考えてみると自分の願望にしてはあまりにもリアルすぎなような。

 もう一度、思い出します。あの日は私は彼と最後の会話をしてから別れました。

 叔母様はホリンといましたし、あの人も叔母様に会いたそうにしていましたが、そうはいきませんしさせません。

 叔母様の邪魔はさせたくないし、なによりも私のことについても邪魔されたくはありません。

 あなたはとても不服そうでしたが、仕方がありません、我慢してもらいましょう。

 それから最前線へ赴き、魔王との戦い、そしてジーク様の死とあの破滅的状況。

 かねてからの申し合わせ通りに我々は撤退を始めました。ジーク様の死は敗北の証であり、各々死力を尽くして脱出するということ。

 勇者にしか魔王は倒せない、その宿命は強い結びつきであり、運命であると。

 それは私とあなたの関係に近いものでしょう。

 最悪なことに魔王も魔力を暴走させて敵味方関係なく殺戮を開始していました。生あるものは逃げなくてはなりません。身を潜めつつ行動するそんな中で私は思いました。

 あの人の安否を確保しなくてはならないと。つまりはあなたを救出しなくてはと。

 この状況下であなたは逃げ出してはいないでしょう。むしろ残り私や叔母様を発見しない限りは、魔王城から脱出しないはずです。するはずが、ありません。

 それぐらい分かります、いつ思い出してもなんという傍迷惑な行動でしょうね。

 こっちとしてはあなたは弱いのだから、早く安全なところに行って貰った方がこっちは助かるというのに、あなたに心配されるほどこっちは弱くも鈍くもないというのに。

 でも仕方がありません。あなたはそういう人なのですから、そこは受け入れないと。

 とうことで私は魔王の攻撃を避けながらゆっくりと撤退し始めました。私がいた層は最上階であり、死に近い世界でした。

 主力勢は全滅であり魔王も唯一生き残っている私を狙っているのでしょう。

 ですが、無駄です。あなたの攻撃に当たるほど、私は焦っても疲れてもいません。油断なく抜け目なく私は下の階へと降りて行きます。

 生存者やあなたがどこかにいた場合に備えての行動をとりますが、その両方とは出会えませんでした。

 あなたはどこにもおらず、また生存者も見当たりません。あるのは破壊と死、のみ。

 ジーク殿が戦死したいま、攻勢組の生存者はごくわずかか望めません。魔王の自爆に巻き込まれた叔母様もおそらくはきっと……それほどの激戦であり、それほどの破滅です。

 なら私だけでも生き残りあの戦いの詳細を語り継がないといけません。

 破壊の音のみが聞こえるある意味で静かな世界。

 壊れ行く世界の中、私は捜索と警戒しながら下へ下へと降りていく。あの人とは遭遇していません。または彼が倒れているのも、見つけてはいない。

 会えないのなら会えないで、それなら良いのです。最悪なのは通路に倒れているところ。

 もう動けないほどの怪我であること、死に掛けているということ。それなら私の手で楽にしてあげます。

 あなたの為になるのなら、私は自分の手も汚します、けれども、あくまでそれは最後の手段。

 生かすも殺すも私の手の中にあると思えばこちらも楽になります。最悪の場合は出会えないことですが……いいや違うか。

 出会わない方が良いのですが、出会いたいという矛盾した思い。

 これはいつも私があなたに向けている感情でもありました。

 あなたは幸せになって貰いたいけれど、叔母様とはあまり仲良くしてもらいたくない。

 不幸になって貰いたくないけれど、叔母様のことは諦めてもらいたい。

 なんとも難しい。

 いったいぜんたい私の心はどっちなのでしょうね? といった混沌とした感情。

 私が加わることができない人間関係を眺めるしかない立場。そうでしょうね、だからこそ私は混乱している。渦巻く感情に抗うことで精一杯で。

 そうです、今は会わない方が良いのです、もうここまで降りてきたのならあなたは脱出したのでしょう。

 私を置いて! だからそれは良いのですが、やはり良くはありません。あとでお説教しないと。師という立場を最大限に利用して己の感情をぶつけないと気が治まりません。

 この部屋の扉を開けたらそのまま外に出ます。まさかここにいるはずが……それから私が大きな扉を開きますと、ほら、あなたが目に入りました。

 やはり私達はこうやって結ばれ合う運命にあります。