「どうして?」

 アルマが俺に尋ねた。

 それはまるでオヴェリアちゃんからの当然の問い掛けだと俺は感じ、その続く言葉も彼女の問いと心の中で一致させた。

『どうしてあなたは叔母様を刺したのですか?』

「分からない」

「ちょっと!」

 二人の驚きの声が重なったところで俺は座り直し二人も着席した。

 アーダンから向かって右にラムザ、左にアルマ。

 右のラムザが尋ねた。

「その件について否定はしないですか? 何か事情があったとか」

「あったはずだが俺は覚えていない。ただその場面だけが再生されただけだ。
 魔王の呪いといったものは身体のほうは解かれたが記憶はまだ封印箇所があるようで、ここにその影響が残っているのだろう」

 しかし殺害場面や契約の記憶を封印してどうするのだと俺は考える。

 そこを隠す理由なんてないというのに。

「ねぇあんたさぁ、嘘とか誤魔化しとかしていない? 犯行は認めるが動機は話したくないとか、私の前では話したくないとかさ」

 アルマの声に俺は安堵する。

 あの彼女と同じ口調や話し方では違和感が激しくて苦しく、これぐらい乱暴な方が気が楽ではあった。

 これなら声が同じでも別人だとなんとか受けとめられる。

「それはない。動機があったら話す。そっちが望むのならいくらでもな。でも分からないものは分からない。
 だけどもお前が俺に望んでいることは知っている」

 アーダンが左側に座るアルマを正面から見据えるとその姿形はオヴェリアであるも違うという意識が先に来た。

 彼女は死んだ。俺が殺す以外の理由で。もういないのだ。

「俺の死だろ。だったら手っ取り早くそうした方が良い。あらゆる方法を使って俺を裁き殺すがいい。
 あのアグの件も含めれば裁きには十分なはずだ」

 その望みに対してアルマは鼻で笑い茶を自分の方に引き寄せ、自ら注ぎながら言った。

「違う。あんたのそんな望みなんて叶えてあげたくはない。
 私が望むことはあんたの罪の自覚よ。それに伴う後悔と苦悩よ。
 なによそんなに死にたがって。ラクになりたいだけでしょ?
 あんたはただ自分の罪を知ることを恐れているんじゃないの? 
 その記憶の封印もさぁ魔王の呪いとかじゃなくて自分でやっているとか?
 全ては真実を正視したくないという怯懦な心というやつでさ」

 アーダンは立ち上がるも、アルマは見上げて湯呑みを口に運んだ。

「恐れてなんかいない。それに知ることは無意味だ。知ってどうする? 俺はもう死んでいるんだぞ」

「生きている癖に何を言ってんの? 変なこと言わないで」

「過去の遺物だ。存在したところでなんだというんだ」

 アルマはまた笑った。顔が歪む。

「存在していない? なに言ってんのこの人? 私の前に突っ立ってどこまでもビックリするぐらいに不快にさせてくる、あんたが存在しないとかふざけないでもらえる。
 存在していないのなら私の前から消えたらどう? だけどもうそれは不可能よ」

「可能だ。だったら今すぐここで死んでも」

「だからふざけないで! そうなったら私の心はどうするのよ! 
 記憶に刻まれたあんたの不快感は消えはしないよ!
 たとえ世界があんたのことを許すと認めても、この私だけは絶対に死んでも許してやらないんだからね!」

 アルマも立ち上がり俺達二人は睨み付け合った。

「私の命に賭けてもね!」

 俺の目には濁った翠色の瞳だけが見える。俺にとっての彼女の死と違う存在の証が。

「いまあんたがここまま死んだらなにも分からないままじゃないの! 
 あんたが御婆様を襲い続けたことも大叔母様を殺したことも。
 そこを知りたいからこそ御婆様はあなたを生かし続けたのよ。
 それを踏みにじる行為は私が絶対に許さない!
 あと私の頬を張ったことも許さないし暴言も吐いたことも! ここまでしといて逃げるだなんてさせない!
 だからあなたがやるべきことはただ一つ! 犯した罪を思い出し後悔と苦悩に沈むこと!
 死ぬならそれだけにしなさいよこの二十歳児が!」

 最後の言葉に反応し俺が驚きから仰け反るとアルマは勝ち誇った表情で返した。

「なに驚いているの? だってあんたってそれぐらいの歳で魔王側に堕ちて取り込まれたんでしょ? だったらまだそれじゃない」

「いや、俺はもう七十過ぎで」

「実質二十年しか生きていない癖に老人ぶらないで欲しいんだけどさ。
 だから言葉も幼稚で投げ遣りなのよね。見た目だって私達より少し年上なだけじゃない。
 それなのに偉そうにしてさ、いっぱしの大人気取りで偉ぶらないでもらえます? 愚かな老人とか手に余るしさ。
 見た目なら二十代半ばだからとか言い直したいの?」

 俺は顔をしかめながら座り直すとアルマも続きそれから無言で静観していたラムザがひとつ咳をして声を上げた。

「じゃあこうしましょう! 僕らでアーダンさんの記憶を取り戻す行動を起こすということで」

「いや、俺はそういうことは別に」

「はいそこ黙って。それが良いんじゃないの? でもどうやって? 
 ディータ御爺様の解呪でもそこまでは出来なかったそうじゃないの。それならラムザの腕じゃ無理よ」

「そういうことはしないよ。過去と関係のある場所へと再訪して過去を甦らせるという手法だよ。つまりは旅行だ」

「旅行! 第一次聖戦巡礼の旅ってことね!」

 アルマの声が弾むと俺は焦った。二人が自分の意見を無視して勝手に進んでいる。きっと良くない方向に。