俺の呟きを聞いた龍は頷くもそれから首を振った。

「厳密には僕と君がだね。身体は君のだが心と能力は僕だ。まぁ向うからしたら君でしかないけどさ。殺した後に君の手には彼女を殺した血塗れの剣がありその死体を見るってことになる。
 そしてその死を全て受け入れ、君はその後を生きて、それでおしまい。こんなの誰もやらない。だからこんなつまらない話はやめて、もっと具体的な恩返しの方法をね、たとえば生きてここから脱出したり、おすすめなのは僕達の仲間になったりとか」

「やってくれ」

「何を言っているの? 話を聞いてた?」

「話はちゃんと聞いたしそれをやってくれと言ったんだ。奇跡を起こしてくれ」

「ねぇ僕は恩返しをしたいのであって愚行のお手伝いをしたいわけじゃないから、やめようよ。悲しくて混乱しているからって人生投げやりは良くないって。終わったことに執着しないのが大事だよ」

 俺は一歩前に出た。引き下がらないのであり、そして、この道以外に進む先はない。

「やめないし終わっていない。甦った彼女が俺を倒しそのまま生き続ける、これのどこが愚行だ」

 俺の言葉の意味がすぐには分からないのか首を傾げしばし放心状態となった龍だが、意味が分かったのか途端に首を激しく振って怒りだした。

「あのね! 君がわざと手加減が出来る状態じゃないんだよ! こちらは龍の力だよ! それはそっちの大将や僕らの魔王様と同様の力をもつ……いや正直なところそんなに強いとは言えないも、でも僕だって龍のはしくれ、そんな少女に倒されるだなんてありえない! 
 いくら小さくて可哀想だからって馬鹿にしないで! 戦いとなったら一瞬でカタがつくんだからね! いま一度の奇跡を賭けたっていい!」

 俺は更に……いや俺達は前に出た、もう間合いだ。一歩の距離で懐に入れる。

「少女とはいったい誰のことだ? 俺は……自分の師匠の力をその強さを誰よりも知っている。俺はオヴェリアの強さを信じている」

 掌には稽古の痛みが甦る。俺達二人の修行の証がそこにあるように。続きが始まるだけのことだ。

「お前なら俺の心に彼女を倒したいという願望があることも察しているはずだ。
 ならばこの願いは正当だ。俺の稽古は彼女に勝つためのものでもあった。
 そうだ俺は剣で以って彼女を倒すべく立ち向かうも、彼女は俺を倒す。龍の力を撃ち破る、決して敗れはしない。
 俺を倒し、俺の罪に相応しい裁きを降すのはこの人しかいない。俺の望みはそれしかない。
 やるんだ龍よ。契約だ、俺はお前に全てを捧げる!」

 叫ぶと懐のオヴェリアの骸が光に包まれ宙に浮きだした。奇跡が、始まったのか。

「分かった。そこまで言うのなら、そこまで願うのなら龍である僕は受け入れるしかないね。
 君のオヴェリア・シャナンを倒すという願いを叶えるためにその娘の蘇生を開始する。
 目覚めと同時に戦闘を開始するが、なにも知らず咄嗟には動けないその子をすぐに殺すのは君も不本意だろう。つまりは君を敵として認識していないまま殺されるということだ」

「それはできれば避けたい」

「だから君はこの娘の仇という形にしてから戦うことにするよ。せめてもの慈悲だ。でも最後に確認するね。本当にそれでいいの? 僕は良くないと思うなぁ。この娘にとっても君にとってもだ。
 どっちも悲惨なだけだよ。関係を美しいまま終わらせたら? 綺麗な思い出として完結させるのも良いと思うけど」

「それで良いんだ」

「あっそう。僕は君のために他のことをしたかったけど仕方がない。
 じゃあ仲間殺しの裏切り者の形になるようにする程度のことはしてあげる。その子が龍の力を上回る力があるのならそれはそれで興味深いし。それにしても……仇とはね、反対じゃん」

「仇だ。お前は俺の心を読んでいるから分かっているのだろ?」

 アグを殺したのは俺でいい、とこちらの思いを龍は読んでいるはずだ。

 殺したことにしないといけない。俺は彼女の死を背負うことで愛することができなくなる。

 そんな資格などなかったということであり、アグがホリンを愛したことは正しいということを。

 俺はホリンを呪いながら死の淵へと落とし、アグには自分の愛をぶつけながら苦しみのもと死を迎えさせた。

 オヴェリアの大切な人をそんな目に会わせた。

 俺は仇に相応しい。愛する女を殺しその愛する男を殺した、これでいい。こうであるのだ。

 結果は同じことなのだから。

「では奇跡の前借を発動させるために君にもう一つの愛を自らの手で葬ってもらいたい。
 あの女の死体の胸に剣を突き刺してくれ。契約後の僕は言葉を発することはできないから、これが何よりも明確な蘇生するその娘へのメッセージとなる。   
 まっこれで事後に君は向こうに戻れなくなるから良いか。目覚めたら魔王軍の一員になりやすいようについでにちょっと記憶も弄っておくね。わがままを聞いてあげたから良いよね? 悪いようにはしないからさ、じゃっまたあとでね」

 俺は剣を手にアグへと近づいていった。彼女はホリンを愛していた。それはこれ以外ではなく彼女はただ俺に対して隠していただけだった。

 だけども、それはきっと俺が気が付けばいいだけのことであり、俺はそれを気づかずにここまで来た。

 ヒントは多くあったはずだが俺は気づけなかっただけだ。どうして俺では駄目なんだ、ではなく、俺だから駄目なんだ。理由は不明だがそうなんだ。

 そうだ俺はもう既に堕ちている。

 それは彼女を愛した時からそしてホリンを憎んだ時からずっと堕ちていたんだ。

 堕ちていることに気付かずにここでやっと気が付いた。だから俺は彼女の胸に剣を突き刺すことに何の抵抗もない。あってはならない。

 俺はもうとっくに彼女を貫いている。俺の剣がその心臓を貫いている。剣は見えなくとも刺さっている。

 それが目に見えるものになるだけであり、オヴェリアにそれを見せるだけだ。罪に塗れた俺の姿を。

 隠してはならない、逃げてはならない、背負わなければならない。

 自らの罪を伝えなければならない。君の叔母を殺したのはなんであるのかを。

 魔王という災厄による攻撃だとしても苦しめたのは他ならぬ俺なのだから。

 アグの骸と並べられたホリンの骸、俺はその二つの骸を見下ろすとその手の位置が目に入った。

 二人の手が重なり合っていた。それは偶然かそれとも最後の力を使ってのものか。

 涙がこみ上がってきたが天を仰いでアグに当たらぬようにした。

 あててはならない。汚してはならない。許しを乞うてはならない。救いは求めずそうだ俺は……堕ちたままでないといけない。

 俺が求めるのはただ目覚めないことだけ。死だけを求め、それは彼女の復活のために必要なこと。俺は永遠に目覚めない。

 だがそれでいい。俺が目覚めないということはそれはそのままオヴェリアが生きているということだ。

 すぐに俺の死の暗闇を与えてくれ。そして聞こえないが聞いてくれ。俺は龍との契約で堕ちるのではない、本来に戻るだけだ。

 裁きを待つ罪人が龍との契約によって真の姿となって現れるだけのことだ。

 目元を拭った俺は再びアグの骸を見た。死の姿がそこにあり、そこには何の意思もない。

 その表情は……駄目だどうしても思ってしまう……と俺は首を振る。

 思ってはならないしそんなことを考えてはならない。無心のまま俺はやらなければならない。

 己のこの罪のために、だが俺はまだその顔を見ている。その表情はどこかまるで……思うな、感じるな、剣を早く刺さなくてはその胸を貫いて、だがその表情はそれを受け入れてくれそうなほどに安らかな笑みのようにも見えて……アグ……俺を許してく……湧き起る懺悔をかき消す為に俺は叫びながらその胸に剣を突き刺した。

 湧き出る血を見ると同時に俺の心臓も痛み、涙が流れ出した。しかしこれは己自身の痛みによる涙であり、それ以外のなにものでもない。

 俺は自分の痛みに泣いているだけで決して彼女のためでもなく誰のものでもない、俺はそういう存在なのだ。

 自分の痛みにだけ気付ける存在。誰かの心の痛みに気付けない存在。今も昔もこれからも堕ちたまま。

 声が聞こえる、薄れていく意識のなかから、鳴り響き遠ざかっていく声。

 オヴェリアの悲鳴を消えるまで聞きながら俺の心はそこで途絶えた。最後に祈ることは二度と目覚めないこと。

 最後に君に願うことは、そのまま俺を殺しそして俺のことを忘れ去り無限の如く生き続けて欲しいこと。

 もとからそれは俺がいなくなればよく、はじめから生まれてこなければよかったと。この金色が散りばめられて輝く闇のなかで思った。

 これが死の暗闇であるのか? 時間の経過を感じることなく俺はこの闇を見続けている。

 そしてしばらくするとその金色が消えていき完全なる闇が現れた。

 これこそが死であるのだろう。金色のとは違い時が流れていることを感じる。

 まるで闇と一体化するためにそこに溶けていくように、このまま意識を完全に失いそして死と一体化するための過程であるかのように……

 すると突然身体に激しい衝撃が来て痛みを感じた。

 これは死か? ついに訪れたのか? 彼女は俺を殺してくれたのか? 俺は君を殺すだから君は俺を殺せという願い。それが叶ったのか?

 ならば彼女は俺を殺し忘却したその後を永遠の如くに生きて……だがこれは俺の死ではなかった。

「あなたはアーダン・ヤヲですね!」


 俺は君の死によって目覚めた。