セブポイントの地から離れ我々は砂漠の道を行く。

 魔王の居城はメツの地にありそこが決戦の地。

「よくもこんなところに城を建てたものだ」

「こういうところであるから誰にも攻められずに済んだのだろ」

 といった会話があちこちから聞こえてくるほどにその城は異様な場所にあった。

 砂漠の岩山の中にあるそこ。多少は涼しいようにも見えるも明らかに過酷な環境下でのそれ。

「よくあれがここにあることが分かったものだなぁ」

 事実ジーク様は迷わずにここに到達した。そこはやはり宿命であろうか?

 あの御方が勇者であり奴が魔王であることから結ばれている因縁。そういったものの導きであるのかもしれない。

 しかしその一方でいつの間にかフリート様はいなくなっていた。

 恐らく後方支援のために下がったのだろうとは専らの噂であり、その役目はオルガ様となりジーク様の代弁者となっていた。

 こういうことはたまにあるために、俺達はそのことについて不審感を抱くことはなかった。

 ただどうしてこんな局面で? とは多少は思いもしたが。

「おそらくではなく確実にこの戦いを最後のものとする」

 砦の一堂に集められた俺達はオルガ様が読み上げるジーク様の原稿の言葉に耳を傾けている。

 静かであるも勝利への意思の確信が胸へと伝わってくる、その言葉の一つ一つはいまここに歴史が作られていることを感じてならない。

 末端の兵である俺ですら、最前線で魔王に突撃する英雄みたいな存在になれるものと錯覚させられそうな言葉のひとつひとつ。

 俺は村を出た時に願ったような英雄にはなれそうにないことにはすっかり自覚していた。

 思い描いていたものとは大きくずれているその実像であるも、このまま戦いが終わりもしも故郷に帰ったとしても俺はこの、多くが大半が失敗に含まれる苦い戦いと平凡な待機の日々をそのまま伝えられると思う。

 大きな罪もちょっとした功も包み隠さずに過たず、また多少盛りはしても隠すことはしないはずだ。

 俺は戦った。これだけは事実であるのだから。

 しかしこれは一つの未来の形であり、ほんとうに望むことは一つだけある。

「アーダンさんは戦後はどうするおつもりですか?」

 オヴェリアちゃんが尋ねてきた。君に聞かれても困るんだよねと内心で思いつつ辺りを見渡す。

 アグは、見当たらない。ずっと探しているが見えない。どこに行ったのか?

「叔母様ならオルガ殿から個別の使命を与えられて別室ですよ」

 そうかそうか道理で演説解散後でどこにも見えないわけで、それにしてもオヴェリアちゃんは人の心が読めるのか? あなたみたいな単純な人の心なら簡単ですよと得意面で答えてきそうだから聞かないでおこう。

「そうか、残念だな」

「なんです? 私じゃ嫌なのですか?」

 また読まれたし、まずい、低い声だ。今日は機嫌が悪いのかな?

「そういうわけじゃないんだ。ほらオヴェリアちゃんとはいつもいるしこのあと挨拶にも行こうとしていたし、そもそも良いの? 君みたいな主力が俺のところに来て」

 こう返すと彼女は微笑んだ。良かった、助かる。

「あらそうでしたの。まぁそこはアーダンさんが気にしなくていいのですよ。弟子のことを気に掛けるのもまた師たるものの務めですし。とにかくアーダンさん、御無事でいてくださいね」

「待って? 最前線に立つ君が後方にいるものに御無事ってなんかおかしくない?」

 質問をするとオヴェリアちゃんは首を捻った。

「おかしい……おかしい? えっおかしい? どうしましたアーダンさん? おかしくなっちゃいましたの! 知っていましたが遂に自覚を!」

「だからおかしなことを言わないでくれ。心配するのは君の方で俺じゃないでしょ」

「なーにを言っているのやらこの愚弟は! あんなに弱くてへなちょこな分際でお師さんを心配するだなんて、生意気いうな!」

 どこかから取りだした紙の束、センスでもって俺の頭は強かに打ちつけられた。

「いやだって俺は心配されるようなことあまり」

「万が一があるでしょうが。ほら来てよかった。そうやって油断していると思ってきたらやっぱり油断していた。
 お師さんはなにもかもすんべてお見通しですからね! だからこうやって注意喚起しにきてあげたのですよ。ほら、ありがとうございますといいなさい」

「あっありがとうございます」

 渋々頭を下げながら言うと満足気によろしいと返してきたが、なんという無意味な問答だろうと俺はそこからさらに項垂れる。

 こんなことをしている場合ではなくて、こういう時は大切な人の傍に行って話しかけたりする時であるのに、俺は何をしているんだ?

 はやく話を打ち切ってアグのもとに行かないと、思っていると皆が動き出した。

「ああもう時間だ! こんな下らないいつものやり取りをしていたら出発だ! オヴェリアちゃん、すまない! でも君がこんなことをしたからであってだな」

 焦燥感と絶望感が混ぜながら訴えるとオヴェリアちゃんは平然としている。なんだその楽しそうな顔は。

「どうしました? 私は全然かまわない時間だったのですが」

「だってこんなどうでもいい会話をしてさ。昨日もやったしなんなら今朝もやったようなやらなかったようなぐらい、記憶が曖昧になるどうでもよさじゃないか」

 何も生まないほんとうになくてもいいこんなやりとり。俺と彼女はいままでで何度同じことを繰り返ししたことだろうか。

 なにも無かったら明日だってやるだろう。

 そう、可能ならば俺達は永遠にこんなことをしてしまいそうである。

「こういうのが、大切なのですよ。まぁまだまだ未熟ですから分からないようですけれどもね」

「こっちは年上なのに」

「年だけが上なのですって。良かったですね先に生まれて。そこだけは威張れちゃいますし、私との関係のうえでのひとつの心理的安心感が生まれましたよね。
 それが無かったらアーダンさんは私と出会えなかったかも」

 それはオヴェリアちゃんがそこを強調するからでと俺は言おうとしたが、やめた。不毛でまたセンスで叩かれるのは避けたいし。

「何を言っているのか分からないが、まぁそうでなくて良かったというべきか」

 よく分からないままそう言うとまた彼女が笑った。今日は良く笑うな。

「そうですとも、ええ、そうですとも」

「ああもう歩きだしちゃった! ほら早く走って前に行って。あっディータがこっち睨んでる! とにかくここはこれで、またあとでね」

「また後でですよアーダンさん絶対にですよ!」

 走りながら手を振るオヴェリアちゃんに手を振り返して俺は納得した。

 そうかあんなに強くて無敵な彼女もこれからの戦いに対して緊張しているのだなと。

 だからあんなくだらないやり取りで心を落ち着けようとして、そこはまだ子供だなと俺は満足した。

 しかし、と俺は彼女の言葉を思い起こして頷く。

 そうだな、俺が死ぬことはあっても彼女が死ぬことは有り得ないから確かに正論だと。

 油断は俺の方にある、そうだ生きなければならない俺には……アグがいるのだから。

 この戦いが終わったら俺は彼女に……