「あの小さかった酒場がまだ残っているどころかこんなに大きくなっているだなんてな」
俺はあの時と同じ店に入っていた。年季の入った老舗といっていいこの賑やかな店内を見渡していた。
あの頃の面影はどこにもないが壁に飾られている絵にはそのかつてがあった。俺とホリンは当然描かれてはいないがたしかにそこにいた。
「酒場どころかここはセブポイントで一番と評判のレストランですよ。かなり前に予約をしたから席をとれたもので。それにしてもここの土地の酒は……臭いですねそしてエグい。イモ臭いというものか」
ラムザは眉間にしわを寄せながらこの地の蒸留酒を口に運ぶ。
「五十年前の当時は開店したばっかりだったのかしらね。ほらラムザ、いい加減に水で薄めなさいってば。美味しいけどこれは生のまま飲むのは危険よ。そんなのは地元のチェスト達のやり方だしさ」
「いや、水をいれたら負けかなと」
「オヴェリアちゃんと同じことを言っているなぁ。ついでにホリンも生のまま呑んでふらふらしていたな」
「しかしホリンもなんか必死で大変ね。
それにあんたもホリンに対して嫉妬に狂って妄想しちゃってさ。本当に妙な組み合わせでここに入ったものね」
「たった一度だけだったが不思議なもの会食だったよ。ホリンは自分の生い立ちに対して語ってくれた。自分は追放されたザクの王族で一族は各地を転々として傭兵まがいのことをしながら生計を立てて来たってさ」
「うーむ記録はないためその話の信憑性は疑わしいですねぇ。まぁ本人はそう親に教えられたから信じているわけですが、実際は不明といったところからは動きはしませんね」
「俺は疑う余地が無いから信じるしかなかったが、それでも心は穏やかではなかったな。
ひとつひとつの言葉がアグに相応しいのが自分だというアピールにも聞こえたし」
「反対にあんたが御婆様との話をすると、あっちはイザークの新たな王族になるに相応しいのはこの俺だに聞えたでしょうね」
「そうなるのか」
「そうなるのよ。あんたは無自覚で言っているでしょうが、もしかしたらあっちも無自覚にそう言っていたかもしれないのよ」
「なんだか鏡のようですね。お互いに勘ぐって意図しない感情を伝えているようで鏡みたいに反対となって」
「……」
「まるで分離しているみたい。もとは一つであったものが二つに別れて大叔母様を愛しているとか」
「アグも迷惑だったかもしれないな」
「いいえ、だからそれは思い違いよ。
あの人は絶対に楽しんでいたわよ。滅多にないことでしょうしさ」
「相変わらずわからないこと言うんだな」
「相変わらずわからないのねまったく。自分と他人が同じだと考えるのは誤りよ」
「それを言うならお前もそうだろ」
「まぁまぁ落ち着いて。それでホリン氏はなにか興味深いことを言っていましたか?」
「アザがあるとのことだ。イザークの王族の証となる印にも似たアザを見せられたよ。首筋にある月型のアザをね」
「へぇ~そんな話あるの? 知ってるラムザ?」
「知らないなぁ。ザクにはそういう伝統の類はないですがホリン氏はそう言っていたのですか?」
「確かに言っていた。俺もそれを見たし確かなことだ。無いとなると嘘?
けどあいつが嘘をついたと思えないし、そもそもアグにもそのことを話しているはずでそこで違ったら指摘されていたのでは?」
「ふーむ、これはちょっと気になりますね。しかしザクの歴史では彼は一員とは認めていません」
「オヴェリアちゃんがそう決めたからじゃないのか?」
「そうなるのですかね。以前にもお話しましたように現代において第一次聖戦の勇者ジークのパーティーについての詳細はザク女王であったオヴェリア・シャナンの証言でその多くが構成されましたからね。勇者ジークが魔王に敗れた後は悪者として歴史に残され、都合の悪い史実は消去され失われました。
史料もなく証言者も少ないという状況では頼れるのは乏しき材料と生存者のみ。
そのために第一次聖戦においてホリン氏は過去のある傭兵として登場します。ですがその過去というものが何かという点は明らかにされてはいません。
もしかしたらザクの関係者といった程度に留められている。いや留めたのでしょう、御婆様によって」
「大叔母様からこのことは聞いたでしょうけど、
それを採用しなかった。むしろ過去を消したといっていいわね」
「そして俺の過去は改変して世に残したということか。どうしてそんなことを」
「政治的な理由からでしょうね。
ヤヲさんにとって御婆様は十五の凄腕の少女剣士でしょうけど後世の我々から見ましたらまるで別人です。以前にお話しましたように、歴史上のオヴェリア・シャナンとは、勇者ジークの御子息であるグラン・ベルン王の義理の母兼養育係でもある解放軍の幹部の一人です。
極めて政治的な影響力も有しており、その歴史の作成もまたなんらかの意図があったはずです。
つまりはあなたとホリン氏の間にはなにかがあったために、現にもうありますからね」
「これまた濃厚な男同士の絡みよね」
「まぁそのために御婆様はあなた方お二人の接点についての証言をまるで残されなかった。
あなたとホリン氏は同じ女性を愛しているというのに接点がないとはこれまた如何に?
まぁこの点は後世の僕らみたいな好事家によって創作されたりしていますがね。一人の女性の周りに二人の男性がいて何も起こらないはずもなく、というやつです」
「単純にあんたたち二人が喧嘩する話もあるけど、一部では何故かいいや必然的に二人は惹かれあうといったものもあるわよ」
「なんでそうなるんだ」
「なるようになるのよ。れでぃびーそれでいいってわけ」
「わけのわからない話をするな」
「いやねぇ古い時代の人って、まーあんたが現代に生きていても同じことを言いそうだけどさ」
「煽るなアルマ。そういうわけでしてヤヲさんは貴重というか現在ではただ一人の証言者となっていますね。もっとも僕らにしてもあなたの言葉を検証しようにもできないので、全てをそのまま信じるのもまた危険なことと言えましょうがね」
「まぁそうなるな。俺も自分の体験の全てを知っているわけでもなく言語化できるわけでもないからな。忘れてもいる、だからこそこうして旅をして再生に励んでいるわけだが……そういえばディータの話題が出たな」
「えっ? 御爺様の話題ってどうしてここで出て来るの?」
「そんなのホリンと知り合いだからだろ」
「待ってくださいよ。御爺様とホリン氏の関係って無いはずですが」
「無いはずがないってなんだ? ディータはホリンと行動を結構共にしていたんだが。彼自身の口からあいつの名前は出ないのか?」
「一度も無いです。イザークの正史に二人が関連しているところは皆無ですよ」
「それってちょっと……」
「ちなみにというか当然だけどあんたとの絡みもないからね」
「そこは分かってる。どうしてか俺は彼に恨まれていたからな」
「御婆様と仲良くしているから」
「だったら他の男にもその矛先を向けたら良かったのに」
「あんたがいちばんすぐ近くにいるからでしょうに。それでホリンは御爺様について何を語っていたの?」
「以前にザク脱出作戦の際に協力してといった話を」
「あーあれの際か。でもホリンの名前は出ていないでしょうね」
「もしくは創作であるか、とにかくホリン氏と御爺様はお知り合いだと」
「そうだよ。なんたって手紙を持っていたからな。近々合流できるって俺は知らなかったよ。オヴェリアちゃんは教えてくれなかったし」
「そりゃ自分の婚約者というか夫が来るって教えないでしょ」
「なんで?」
「えっ……ええっと、そこままぁなんというか」
「なんだその歯切れの悪さ。お前らしくない」
「あんたに私のなにがわかるってのよ!
というか親戚でもない赤の他人に別に話すことじゃないでしょ」
「そうだな、うん。だけどオヴェリアちゃんは俺には特にいらないことまでベラベラと喋る子だからそこを話さないのは不自然だったな」
「政治的なことが絡んでいて話せなかったのではないかと思われます」
「そういうことか」
「そういうことよ、うん!」
「なんで嬉しそうなんだ。まぁそういうことで後日になってジーク隊にザク亡命組のもう一組が入ったんだ。その中にあのディータがいてな、それで……あれは怖かったな」
俺はあの時と同じ店に入っていた。年季の入った老舗といっていいこの賑やかな店内を見渡していた。
あの頃の面影はどこにもないが壁に飾られている絵にはそのかつてがあった。俺とホリンは当然描かれてはいないがたしかにそこにいた。
「酒場どころかここはセブポイントで一番と評判のレストランですよ。かなり前に予約をしたから席をとれたもので。それにしてもここの土地の酒は……臭いですねそしてエグい。イモ臭いというものか」
ラムザは眉間にしわを寄せながらこの地の蒸留酒を口に運ぶ。
「五十年前の当時は開店したばっかりだったのかしらね。ほらラムザ、いい加減に水で薄めなさいってば。美味しいけどこれは生のまま飲むのは危険よ。そんなのは地元のチェスト達のやり方だしさ」
「いや、水をいれたら負けかなと」
「オヴェリアちゃんと同じことを言っているなぁ。ついでにホリンも生のまま呑んでふらふらしていたな」
「しかしホリンもなんか必死で大変ね。
それにあんたもホリンに対して嫉妬に狂って妄想しちゃってさ。本当に妙な組み合わせでここに入ったものね」
「たった一度だけだったが不思議なもの会食だったよ。ホリンは自分の生い立ちに対して語ってくれた。自分は追放されたザクの王族で一族は各地を転々として傭兵まがいのことをしながら生計を立てて来たってさ」
「うーむ記録はないためその話の信憑性は疑わしいですねぇ。まぁ本人はそう親に教えられたから信じているわけですが、実際は不明といったところからは動きはしませんね」
「俺は疑う余地が無いから信じるしかなかったが、それでも心は穏やかではなかったな。
ひとつひとつの言葉がアグに相応しいのが自分だというアピールにも聞こえたし」
「反対にあんたが御婆様との話をすると、あっちはイザークの新たな王族になるに相応しいのはこの俺だに聞えたでしょうね」
「そうなるのか」
「そうなるのよ。あんたは無自覚で言っているでしょうが、もしかしたらあっちも無自覚にそう言っていたかもしれないのよ」
「なんだか鏡のようですね。お互いに勘ぐって意図しない感情を伝えているようで鏡みたいに反対となって」
「……」
「まるで分離しているみたい。もとは一つであったものが二つに別れて大叔母様を愛しているとか」
「アグも迷惑だったかもしれないな」
「いいえ、だからそれは思い違いよ。
あの人は絶対に楽しんでいたわよ。滅多にないことでしょうしさ」
「相変わらずわからないこと言うんだな」
「相変わらずわからないのねまったく。自分と他人が同じだと考えるのは誤りよ」
「それを言うならお前もそうだろ」
「まぁまぁ落ち着いて。それでホリン氏はなにか興味深いことを言っていましたか?」
「アザがあるとのことだ。イザークの王族の証となる印にも似たアザを見せられたよ。首筋にある月型のアザをね」
「へぇ~そんな話あるの? 知ってるラムザ?」
「知らないなぁ。ザクにはそういう伝統の類はないですがホリン氏はそう言っていたのですか?」
「確かに言っていた。俺もそれを見たし確かなことだ。無いとなると嘘?
けどあいつが嘘をついたと思えないし、そもそもアグにもそのことを話しているはずでそこで違ったら指摘されていたのでは?」
「ふーむ、これはちょっと気になりますね。しかしザクの歴史では彼は一員とは認めていません」
「オヴェリアちゃんがそう決めたからじゃないのか?」
「そうなるのですかね。以前にもお話しましたように現代において第一次聖戦の勇者ジークのパーティーについての詳細はザク女王であったオヴェリア・シャナンの証言でその多くが構成されましたからね。勇者ジークが魔王に敗れた後は悪者として歴史に残され、都合の悪い史実は消去され失われました。
史料もなく証言者も少ないという状況では頼れるのは乏しき材料と生存者のみ。
そのために第一次聖戦においてホリン氏は過去のある傭兵として登場します。ですがその過去というものが何かという点は明らかにされてはいません。
もしかしたらザクの関係者といった程度に留められている。いや留めたのでしょう、御婆様によって」
「大叔母様からこのことは聞いたでしょうけど、
それを採用しなかった。むしろ過去を消したといっていいわね」
「そして俺の過去は改変して世に残したということか。どうしてそんなことを」
「政治的な理由からでしょうね。
ヤヲさんにとって御婆様は十五の凄腕の少女剣士でしょうけど後世の我々から見ましたらまるで別人です。以前にお話しましたように、歴史上のオヴェリア・シャナンとは、勇者ジークの御子息であるグラン・ベルン王の義理の母兼養育係でもある解放軍の幹部の一人です。
極めて政治的な影響力も有しており、その歴史の作成もまたなんらかの意図があったはずです。
つまりはあなたとホリン氏の間にはなにかがあったために、現にもうありますからね」
「これまた濃厚な男同士の絡みよね」
「まぁそのために御婆様はあなた方お二人の接点についての証言をまるで残されなかった。
あなたとホリン氏は同じ女性を愛しているというのに接点がないとはこれまた如何に?
まぁこの点は後世の僕らみたいな好事家によって創作されたりしていますがね。一人の女性の周りに二人の男性がいて何も起こらないはずもなく、というやつです」
「単純にあんたたち二人が喧嘩する話もあるけど、一部では何故かいいや必然的に二人は惹かれあうといったものもあるわよ」
「なんでそうなるんだ」
「なるようになるのよ。れでぃびーそれでいいってわけ」
「わけのわからない話をするな」
「いやねぇ古い時代の人って、まーあんたが現代に生きていても同じことを言いそうだけどさ」
「煽るなアルマ。そういうわけでしてヤヲさんは貴重というか現在ではただ一人の証言者となっていますね。もっとも僕らにしてもあなたの言葉を検証しようにもできないので、全てをそのまま信じるのもまた危険なことと言えましょうがね」
「まぁそうなるな。俺も自分の体験の全てを知っているわけでもなく言語化できるわけでもないからな。忘れてもいる、だからこそこうして旅をして再生に励んでいるわけだが……そういえばディータの話題が出たな」
「えっ? 御爺様の話題ってどうしてここで出て来るの?」
「そんなのホリンと知り合いだからだろ」
「待ってくださいよ。御爺様とホリン氏の関係って無いはずですが」
「無いはずがないってなんだ? ディータはホリンと行動を結構共にしていたんだが。彼自身の口からあいつの名前は出ないのか?」
「一度も無いです。イザークの正史に二人が関連しているところは皆無ですよ」
「それってちょっと……」
「ちなみにというか当然だけどあんたとの絡みもないからね」
「そこは分かってる。どうしてか俺は彼に恨まれていたからな」
「御婆様と仲良くしているから」
「だったら他の男にもその矛先を向けたら良かったのに」
「あんたがいちばんすぐ近くにいるからでしょうに。それでホリンは御爺様について何を語っていたの?」
「以前にザク脱出作戦の際に協力してといった話を」
「あーあれの際か。でもホリンの名前は出ていないでしょうね」
「もしくは創作であるか、とにかくホリン氏と御爺様はお知り合いだと」
「そうだよ。なんたって手紙を持っていたからな。近々合流できるって俺は知らなかったよ。オヴェリアちゃんは教えてくれなかったし」
「そりゃ自分の婚約者というか夫が来るって教えないでしょ」
「なんで?」
「えっ……ええっと、そこままぁなんというか」
「なんだその歯切れの悪さ。お前らしくない」
「あんたに私のなにがわかるってのよ!
というか親戚でもない赤の他人に別に話すことじゃないでしょ」
「そうだな、うん。だけどオヴェリアちゃんは俺には特にいらないことまでベラベラと喋る子だからそこを話さないのは不自然だったな」
「政治的なことが絡んでいて話せなかったのではないかと思われます」
「そういうことか」
「そういうことよ、うん!」
「なんで嬉しそうなんだ。まぁそういうことで後日になってジーク隊にザク亡命組のもう一組が入ったんだ。その中にあのディータがいてな、それで……あれは怖かったな」


