セブポイントの砦に到着した後に俺は周辺偵察を命じられた。

 この地は魔王城の手前に位置しており敵襲に対する警戒のため偵察は一人ではなく二人で行う。

 敵と遭遇する可能性があるのでそれは当然のことであるがその相手が、あいつだ。

「いい天気ですね」

 ホリンである。どうしてこいつが? と思うもこれは順番であり別におかしいことではないことは分かっている。

 当番のその時が来ただけでなにも不思議なことではない。

 だがしかし、俺は嫌なのである。こいつと一緒にいるのが何か不快で仕方がない。

 だがこやつは悪いことなどしてはいない。

「あの花はアイリスという名前でしてね」

 むしろ親切だろう。気を遣ってくれるし語りは滑らかで博識。良い男だ。声も良い。絶対に良い男だが、そうであるからこそ気にくわない。

 その持ち味を、良いところを、彼女にあのアグに向けているのが間接的に伝わってくるのが耐え難い。

 俺よりきっと上手くやっているのだろう、やっているに違いない、といった劣等感から生まれる妄想が生まれるのが屈辱的。

 それさえなければ気にしないでいられるのに! 

 だから俺は彼の言葉に対して生返事に近い相槌を打つだけで会話が続かない。

 こんな態度を取られたら普通は不快となるのに彼は気にしていないようだ。

 いや、気づいてはいるが黙るわけにも不愉快さを出すわけにも行かないためか平静である。

 そこもまた癇に障る。まるで相手にしていないように感じられて困る。僕は君とは争いませんよ、だってもう勝負はついているんですから違います? 分かりません? と言っているように聞こえる。

 始めからこちらのことなど眼中になく彼女は既に自分の嫁だと確信しているとでもいうのか? だからそんなに余裕しゃくしゃくとしているわけなのか?

 これなら同じ土俵に立って見合ってぶつかり合って、最後まで立っていたものが彼女の傍に居られるとしたほうがどれだけ楽か! 雪中で殴り合ってスカッとしようぜ! 男二人女一人はそうするのが最も自然なんだよ!

 戦わずして負けているだなんてこれ以上にない辱めといっても過言ではない。真の剣豪は納刀したまま敵に勝つとでもいうのか?

「そうそう少しお聞きしたいことがあるのですが、良いですか?」

 良くない、と思いつつ俺は何とか小さな声で良いけどと言うと、急に周りの雰囲気が変わったのを感じた。

 空気がすこしひんやりとしてさっきと違うし鳥の鳴き声も遠ざかり空も若干暗くなる。なんだろ? 雨でも降るのかしら?

「あの日のザクにとって大事な話の内容なのですが」

 なんの話だ……ああ、と俺は思い出した。一緒に果物を食べた日のことね。

 内容なんて無いけどなんだろ? あるとしたら『苺』とやらが美味くてホリンが持ってきたものの中で一番良かった。それぐらいだがこれは話したくないから黙っておこう。

「いや、たいしたことはなかったけど」
「たいしたことはなかった、ですか」

 なんだろその即答だが無意味な繰り返しは。

 言う必要のない返事だが、どういう意味で彼はそう言ったんだ?

「内容なんか無かったと思うが」
「ないようなんかなかった、ですか」

 また即答で同じ動きをしたな、と俺は不気味さを覚える。

 もしかしたらホリンは自分の悪口でも言われているのかなと心配なのかな? そんなことあるか。むしろアグがお前の良い所を話していて俺は苦しかったんだぞ。

 オヴェリアちゃんがあまり関心がなさそうだったのが救いであったがな。もちろん俺はそのことを伝わる気はさらさらにない。

 そういった何か良くない考え方をしているのかこいつはと思い、自分みたいにねっとり妄想されたら困るからより詳細に話すことにした。

 果実を六つに切り分けたところから、その数が多いのも好みのものを多く食べたかったんじゃないかな、ほらオヴェリアちゃんって独り占めして食べたがるタイプだし、人のものに手を出して食べるのが好きだったりするしさ、とか思い出すままに話すもホリンは頷くばかり。

「一緒に食事を共にすることほど大切なことはありません、と俺の問いに対して答えたなぁ」

 突然ホリンの足が止まった。振り返ると彼は俯いている。顔が、見えない。

 どんな顔色をしているのか、どのような表情をしているのか、よく分からない。

 いつのも爽やかさのある明るい表情ではなく、陰鬱で暗い表情であるのかもしれない。

 いま分かるのは彼がそこで立ち止まっていること、動こうとしないこと、そして静かであること。

 俺は一歩彼に近づいた。遠ざかりたい気持ちとは裏腹に足が出た。

 近寄りたくはないのにどこか遠くに行きたいのに、それでももう一歩進むとホリンは顔を上げた。

 今まで見たことのない笑顔、いやホリンは基本的にいつも微笑みであるがこの時のは違った。

 この時だけの笑顔であった。ぎこちない緊張し強張った笑顔、なにかに耐えているもののそれであった。

 笑わなければやってられない、という奇妙な心理が人間にあるとしたら彼の今はそれであったのかもしれない。

「女王の言葉は全く以て正しいですね。人間同士の付き合いはそこに尽きるのかもしれない。ねぇアーダン君。よかったらこのあと僕と一杯付き合って貰いませんか」

 予期せぬお誘いに俺は反射的にやだなぁ……としか思えなかった。

 だってそうであろうに。

 こいつはアグと仲良くしていて俺の神経を逆なでしていつもイライラさせる元凶。

 諸悪の権化が言い過ぎなら絶対的な悪といってもそこまで過言ではない。滅びよホリンよ滅ぼれ!

 この男さえいなければアグは……まぁ俺もそこまで自信家ではないが、とりあえず俺の苦悩のひとつは取り除かれるのだ。

 仲良くする道理は皆無であり、むしろ敵対したいし飯も一緒に喰いたくもない。さぞかしその飯はマズかろうがそれは食材の罪ではなく、俺達の関係性の罪なのだ。罪を犯すべからず、お断りするべし。

 しかしどうしたことか俺はすぐに断れなかった。なんか、こう、雰囲気が、断れないというか断ったらヤバいと。

 悔しいが剣の腕だとあっちの方が上であることは認めざるを得ない。

 だけど今はそういう時ではないのにどうして強さを気にする?

 そこは本能が訴えてきているようであり、そうであるから俺はそれを承諾するとホリンは深々と頭を下げ、俺達は偵察後に酒場へと向かった。