「どういうこと?」

 アルマが呟き俺が答えた。

「分からない。確実に言えることはそれはオヴェリアちゃんではなかった。
 あとで聞いたら彼女はその時はまだ砦内にいてみんなと行動を共にしていた。だから彼女であって彼女ではないものがそこにいた」

「姿を真似るタイプの魔法ではないでしょうか? 一応その手のものはありますけど」

 ラムザの指摘にアルマは首を振った。

「でもそれだとなんでその場にいてそれが出来るのかが分からないわ。近くに御婆様がいたわけでもないし。
 まさか御婆様の姿を見た後で変身して、急いでその場に現れるとは考えられないし」

「なら、ヤヲさんの心を一瞬で読んでその姿に即座に変えて……いや待てよ。それはもう現代魔法の範囲を超えた奇跡の力に近いぞ。超自然的な龍の力でないとありえないレベルだ。だれがそんなことをできるのだ?」

「現代でも心を読む魔法とかは発見されたりはしていないのか?」

「そんな魔法があったら今すぐあんたに掛けるところよ。もっとも旅行はするけどね」

「俺を出汁にして旅行って本当にどういうことだよ」

「まぁまぁそこは仕方がありませんよ。残念ながら心を読む魔法はありませんね。どれほど魔法が進歩してもそこは侵入不可能でしょうし。
 心を読むどころかその幻のイメージを対象に見させるだなんて不思議な代物は聞いたこともない。昔はあった可能性は否定できませんが。現にヤヲさんの前に現れたわけですし。幻を見させる魔法だとしてもかなり妙な感じになりますし」

「そうか無いのか。あったら解決したんだけどな。あの時に俺はそのまま気絶してのちに事情聴取を受けたが、そのことについて話せなかった。
 俺が見たのは真実ではない幻だったかもしれないからジーク様とオヴェリアちゃんに異様な嫌疑がかけられるのは避けたかった。
 だから俺は一撃を加えるも知人から声を掛けられたような幻術を受け、振り返ると反撃を喰らったと証言してこの件は終了だ。
 魔王お得意の不可知の一撃である背中という死角から攻撃を実際に受けたからな。一瞬で暗転して実際にあれで致命傷を喰らっても自分が死んだとは気が付かなそうだ」

「そこは賢明な判断ね。まるで裏切りものの可能性があったとか言えないしでも注意喚起はしないとならないしでそう言うしかないわね」

「二重の意味であと一歩だったのですよねここは。
 勇者ジークたちが魔王を追い詰めトドメを刺そうとしたら奴は自爆魔法を発動させ、その混乱に乗じて脱出しようとしたらヤヲさんが戦うも返り討ちで惜しかったというところで」

「正直なところ俺の箇所はいらないのでは? しくじったし」

「いらない? 馬鹿なこと言わないでよ。御婆様がここを後世に伝わるようにちゃんと働きかけたのよ。あんたの数少ない見せ場だってことでさ」

「演劇や舞台ですとここはまだ名も無きモブ兵が瀕死とはいえ魔王にただ一人で立ち向かう場面で人気があるのですよ」

「そうか。本人からするとすまない気分でいっぱいなんだがな。あそこで仕留めていればその後の展開もないわけだし」

「まーそう言うけどそのあと一撃も実は怪しいわよね。出来なかったからそう思うのであって、もう一撃加えたら倒せたという確証はないしさ」

「魔王のタフネスさは異常ですからね。自爆後もかろうじて生きているとか不死身に近いですよ。
 タフな魔法使いという反則的な存在、それが魔王なわけですがね」

「そうそう。だからさあんたがあと一撃というのもあくまで本人の感想だから気にしなくていいって。
 もう一撃加えても仕留められなかったと私は思うしさ、惜しかったからこそみんなが好意的に見てくれるのよ。人はもしかしたらにロマンを感じてならない可能性の虜なのよ」

「……それはそれで釈然としない」

「めんどくさいわね。なに? 倒してヒーローになりかったの? 
 まぁいいじゃないこのぐらいで。あんたの勇気と戦いが後世に伝わって影響を与えていると考えれば敗れた甲斐はあったわけよ。
 当の本人がどう考えていようが歴史はもう独り歩きしだし完成しているわけ。あなたはそれをひとまず受け入れるのが良いのよ」

「話を戻しますがあの場面での意外な話。勇者ジークと御婆様を見たということですが、ヤヲさん自身はその魔法みたいのを使ったものとはその後に会わなかったのですか?」

「それがな、その……なんとも言えない。会っているような、会っていないような。
 俺は初めてそれに出会ったという感覚がある。つまりそれはもう一度会ったということになるのかもしれない」

「変な言い方ね。なんで自分のことなのに分からないのよ。
 というかさ、初めて会ったあの時あんたが私を引っ叩く前になんかそういうことを言っていなかった? 自分はお前みたいなのに会ったことがあるって」

「お前に引っ叩かれる前だろ。早くも歴史改竄をして被害者ぶるな。
 たしかに言ったな。そうだな、これが一度目なのは確実だ。あれはオヴェリアちゃんではなかったのは間違いない。
 それで二度目は……その辺は分からないから旅をしているわけでな。こっちはいちいち思い出しながら歩いているんだ」

「意味深ね。けどさーこれが御婆様に化けた魔法使いがいるんならいたで、まぁとりあえず済む話だけど、勇者ジークの下りはなんなん? 
 攻撃を躊躇わせる幻術を駆使したのならこの土壇場でやる意味がよく分からないわね。
 それとも実際に魔王は勇者ジークのそっくりさんとかなのかしら? ひょっとして兄弟で双子とかだったりして」

「……ハハッ、まさか。しかしまぁその点はかなり重要になりそうですね。つまりそれはヤヲさんしか知らない敵側のひとつの何かですよね?
 その心を読んで変身する魔法の目撃情報はその後も皆無ですし。魔王の部下もしくは側近であるその術師は第一次聖戦にも第二次聖戦にも登場しません。そんな凄い魔法が出てきたら絶対に記録されていますからね」

「でかした、と魔王から褒め言葉をもらっていたんだし昇進やら側近に取り立てられるべき存在そうよね。
 絶体絶命の危機を前にして救出に駆けつけた、その人の心を読んで変身ができそうなそいつ。めっちゃ便利な奴ね。そのあんたしか知らないその存在。どこに行ったのやら。
 誰にも気づかれずにいつの間にか倒されちゃったのかしら。ほらいるじゃない、例の行方不明の勇者とかさ」

「いましたね。ここでまた一人謎のキャラが追加されてしまったが。どこかへ行ったと言いましてもヤヲさんの旅の果ては決まっていますし、そのうち思い出すか出会うかもしれませんね。
 それもまた人知れず生き延びているのかもしれませんし」

「まっとりあえずユング砦攻防戦は歴史的に勇者ジークの勝利に終わったわね。
 魔王は取り逃がしたものの勇者の力で圧倒し魔王軍は大打撃を受けた。ただしこれ以後魔王は勇者の前には現れなくなり待ち伏せで以って戦いを挑み続けるのよね。
 結果的にあんたも良かったわね。名誉の負傷も遂げたしちょっとは隊の立ち位置も変わったでしょ?」

「あとで感状もいただいたし切り落とした魔王の黒頭巾も立派な戦功となったな。何かに使えるとは思えなかったが」

「そうか、その件のその後は当然ご存知ありませんよね。黒頭巾はあのあとジーク様の御子息にお渡りになられましたが、黒頭巾の中に残っていた髪の毛がとても重要なアイテムとなりました。魔法技術の進歩により髪の毛で居場所を感知でき対魔王戦に役立つことが出来たのです」

「レアアイテム『魔王の毛』よ! これを言うとみんな笑うけど、実際に髪の毛って採取しようとしたら面倒なのよね。しかも相手が魔王なら激むずよ」

「へぇそうかすごい技術進歩をしたもんだ。あんなのでお役に立てたのならそれは良かった。あのあとはしばらく痺れ効果が残って療養が続いたな。
 魔王の攻撃って身体の中を揺さぶって気絶させる術なのか気分が悪いのがずっと続くんだ」

「それって内臓損傷とかじゃないの? エグいわね。衝撃波のようなものかしら。
 内臓が気持ち悪くなる魔法とか、まぁあまり気分のいいものじゃないしね」

「魔王は掌を広げると相手を吹き飛ばす衝撃波となり、指差すと光線となるのが判明していますね。光線でしたら貫かれていて命は無かったでしょう」

「その二分類か、なるほど。それでベットの上でそういった賞状やらお見舞いやらを戴くわけだが、オヴェリアちゃんにはえらく怒られてな。
 なんで扉を開けさせて戦ったのですか? 扉を押さえていればいいもののわざわざ外に出て来るのを待って……ああ駄目だあなたみたいな細身では無理でした。もっと体重と筋肉を増やしなさい! そんなに英雄になりたかったのですか? この愚弟! 身の程を弁えろ! とネチネチ言われて」

「まっまぁ心配だったのですよそこはきっと」

「弱いのに魔王と一対一で戦う弟子とかいたら後でお説教だし当然よね」

「そこも言われた。弱いのにそんな接近戦だなんてこの命知らずとか、もっと間合いをとったりそもそも仲間を呼んだり色々出来はずでしたよねと、まるで褒めてもらえなかったな」

「言われてみると正論ね。私達は魔王関係の劇に慣れきっているけど、その場にいたものとしてはそうして欲しかったでしょうね」

「いやいやいやそこは御婆様の優しさですよ。
 今回は危なかったですから次回からはそんなことをしないようにというメッセージで」

「どうせなら刺し違えてでも仕留めていればよかったのにとも言われた。
 倒れたのならそのまま寝技に持ち込んで確実に仕留めればよかったでしょうに、この間に私は教えましたよね? 組んでから脇差しで数秒以内に首を掻っ捌くことをとネチネチグチグチ言われたよ」

「さすがは武家の棟梁、正しいことしか言ってないわね」

「だからそこも助かったから言っているのであって本気じゃないですからね」

「まぁそこは少しわかる。すぐ後ろにいたアグがラムザみたいなことを言って庇ってくれたからな」

「今のとあまり変わらない気もするわね」

「それでたまに来るのが、そのホリンでな……」

「へぇ~親切な男ね」

「でもあなたは……」