彼女がそこにいて声を放つ。
 糾弾する声が俺の心を貫いてくる。

「こいつは殺したのよ」

 事実を、いや俺が望む言葉をかけてくれる。

「何度も殺しにかかってきた」

 あの頃に比べ少し成長した彼女がそこにいて、ここにあるべき言葉を俺に与えてくれる。

 そうだ、許しは無くて良い。許されることなどなにもないのだ。

「裁かれなくてはならない。罪を償わないとならないのよ!」

 俺が望むその正しい言葉の方向へと俺は歩き出した。

 この罪人を導いてくれる救済の声の元へと。

 あたかも世界には俺と彼女しかいないように他の一切は停止している。

 それでよい。彼女がいないのなら俺はもうこの世界に居る理由はなく、または彼女がいるのならば俺はこの世界にいてはならない。

 共にいてはならないのだ。

 そうなるように俺は願ったのだから。

 どちらかが死に、どちらかが生きており、そして滅びるのは俺の方だ。

 近づいていくほどに彼女は近くなっていき、記憶の中の彼女と数年の時を経た現実の彼女が一つに重なりだしていく。

 その声から始まり髪も背丈も肩幅、足先から手先とあらゆるものが記憶の彼女と修正しながら一致し重なっていくなかで、一つのものだけが重ならない。

 一点だけ一致しない。

 瞳だけが、異なっている。
 俺を見る瞳だけが、違った。

「あなたはあのアーダンではない」

 指差され否定の言葉と共に俺は立ち止まる。

 俺と彼女の距離はあとわずかのもの。

 だが俺はそれ以上近づけない。だから答えなければならない。

「俺はそれだ」

「それこそ違う。あなたはその名に値しない」

 値しない? とはなんだ? 

 俺の名に価値などついておらずついているのは古い血だけ。

 返り血がついた罪深いものばかりだ。

「俺の名はアーダンだ」

「違う! 違うの!」

 いいや、だが、そうだ決定的に違う。

 彼女の瞳の色が違っている。

 あの翠色の瞳がどこにもなく、あるのは傷み濁ってしまった翠がそこにある。

 こんな色は見覚えが無い。

 少なくともそうだ、彼女は自分に対してそんな色を向けてこなかった。

 そんな記憶は一切ない。あらゆることを忘れてもこれは、すぐに思い出せる。

 そして忘れるはずがない。だからこれはあるはずがない。

 それにだってこれは……そうだいまは……

 そう思った途端に時間はここに戻り記憶は閉じ、世界に背景が戻り眼の前にいる女はその背景のひとつへと溶け込み、俺はためらいなく歩き出す。

「お前は誰だ?」

 知らない女の瞳が俺を射抜いてくる

「オヴェリアちゃんと同じ姿形をしているのに違うお前はなんだ?」

 そのものの目は見開かれその瞳はますます濁りを濃くしていく。

 そうなるごとに俺の心は安堵する。

 そうだこれは別人であり彼女はもう死んでいるのだと。

 疑いもなく理解できていく。

「そうだ。俺の前にはこれまで彼女の偽者が現れた。
 お前もそのひとつか? それともお前は俺の幻か? だがこんな出来の悪い幻はない。
 俺はこんな幻なんか作らない。よってお前は偽者だ。なんのために俺の前に現れた、去れ。消えてなくなれ」

 告げた途端に左頬に衝撃が走った。

 叩かれた、とすぐに認識すると記憶の中での衝撃と重なった。

 かつて存在したはずの記憶が再生される。

 その時に俺は彼女に叩かれた、と。だがそれはあの時は痛みはなくむしろそこには哀しみがあった。

 叩いた側にこそ痛みがありだからこそ自分はそれを受け止めたという記憶が甦り、そして今を思う。

 痛い、と。不純な痛みがそこにあり、だから俺は反射的に手が出てそのものと同じく左頬を叩いた。

「彼女のなら返さないがお前のには、返す。叩かれる道理が無いからな。
 もう一度問う、お前は誰だ。彼女ではないものよ」

「だったらあなたはなにものよ! 英雄アーダンではないものよ!」

 頬を抑えながらそのもの……オヴェリアの孫のアルマは睨み返した。