今宵はこのまま決戦となるかもしれない。

 いいや、これは決戦だと思いつつ俺は後詰の一人として扉の前に立っていた。砦内部から聞こえてくる戦闘の音は壁越しには静かに小さく聞こえるもののそれは実際に激しく行われていることが分かる。

 このユング砦はもはや制圧される寸前。

 フリート様が言っていた。

「今日こそ魔王を討つ日だ」と。

 それに対してジーク様も深々と頷いた。我らの勇者はここで決める決意があるということだ。

 このまま決まれば敵の敗因は逃げずにこちらの挑戦を受けた魔王の判断ミスとなる。

「やはりやつは勇者ジークを侮っている。あのダメージでも勝てると思い込んでいる! 相変わらずの自惚れの強さ! まぁ事情が事情でありそこは無理もなく奴が勇者ジークに背を向け辛いのも仕方がない。
 それが宿命ということであり、勇者と魔王の関係である。だがしかしそれが致命的なミスだということをここで思い知らせる時だ。
 勇者エーディンの犠牲を無駄にしないためにここで一気に世界を救う」

 フリート様の言葉つまりはジーク様の言葉によって俺達は勝どきの声を上げた。

 最後の戦いになるかもしれない。ジーク隊は砦外の野戦に勝利した後に魔王が籠っている砦内に突入した。

 パーティーの主力であるアグにオヴェリアちゃんとノイスもアレクも、そしてホリンもそれに加わった。

「討ち漏らしが無いようにするが、最悪魔王が逃げ出したら砦から外に出ないように食い止めてくれ」

 フリート様が突入班から漏れたものたちに命じた。俺はそれを一番前でしっかりと聞いた。

 扉の前に配置されたことに関して俺は不服があるはずもない。

 俺が魔王と戦う程の力が無いことは分かっている。分かり切っている。

 そんな俺に向かってオヴェリアちゃんとアグは頼みますよと声を掛けてくれた。

 俺もまた頼んだぞと彼女らに返した。

 そのあとにノイスとアレクも俺に対して言ってくれた。頼んだぜ、と。

 そうであるからここは俺が護る場所となった。この裏口の小さな扉の前が俺の場所。

 ただ扉の前に一人で向かう雪が少し積もっている大地、俺だけの戦場。

 ここに万が一魔王が現れたとしたて俺はなんとしてでも食い止める。

 身を挺しても命に賭けて。そうであったら俺はその為に村から出てきたのかもしれない。

 倒せとは言われていない。そんな無茶な命令など言われるはずもない。

 しかし死ぬなよとも言われてはいない。

 頼まれただけであるも、だがもしもその時が来たら俺は絶対に勇者隊の一員として……中から爆発音が響いた。

 魔王の魔法かそれとも違う何かか? 

 喧騒が聞こえるも、だがすぐに止み不思議な静けさが再びあたりに満ちて壁越しから俺の戦場にまでそれが浸透してきた。

 静寂は俺にまで伝わり心臓が高鳴った。魔王を倒したのか? 

 それとも勇者隊がやられたのか? 何が起きている?

 なにが起ころうとしている?

 頭は混乱しそうとなるも俺は扉の前に一歩進む。何が起きても良いように。

 こんな離れた裏口から何が起こるとは考えられないが、それでも何かがあったら何かが出てきたら俺は……しばらくすると扉の向こうから音がした。

 扉の裏に何かがいる。誰かが来た。

「誰だ!」

 俺は呼びかけた。

 仲間か? それとも敵か? 剣の柄に手を掛ける。

 扉が開きはじめる。

「誰だ!」

 悲鳴にも似た声をあげるも返事はない。声を出せないということは敵だ、敵が来る。

 魔王かそれともそれ以外の敵か。

 微かな隙間が開き何か黒いものが扉から一気に出てきた。

 黒ずくめの何かがそこにいて俺の方に手を向けてきたため瞬時に判断した、これは敵だ! 

 しかも魔王だ! と初めて見るもすぐに察することができるその身体の大きさと既視感のある偉大さ。

 俺一人が魔王に敵うはずがない、無理だ。

 だがそれがなんだ、ここは俺の場所だ。魔王だろうがここへの侵入は許されない。俺が許可しない。

 こいつは何をするつもりだと思うと同時かそれとも既にか鞘に納められていた剣は抜かれ、俺はオヴェリアちゃんに散々指導された居合で以って最速の剣で斬った。

「ぐッ!」

 奴は呻き声と共に大地に転がり仰向けとなり月明かりがその身体を照らした。

 被っていた黒頭巾がとれて奴は息も絶え絶えのなか左手で目元を隠すように覆っていた。そう、顔が、見えたのだ。

「ジーク様?」

 俺は反射的にそう言ってしまった。薄暗いなかで見えたのは鼻から下の口と顎ぐらいであったのに、俺は勇者の名を叫んでしまった。

 もしかしてこれは魔王ではなく勇者なのでは?

 しかし呻き声も含め俺はそれをジーク様だとはどうしても思えず見間違いだとし、戸惑いから半端な位置にあった剣を再び振り上げトドメをさそうとすると、声が聞こえた。

「待って!」

 知っている声が俺のよく知る声が耳から心に届く。

 分からないはずがない声を当てられて俺は振り返る。

 オヴェリアちゃんがそこにいた。

 見間違えることが無いその顔、だがその服装は今日のではなく、いままで見たこともないもので。

「でかした!」

 今度こそ完全に知らない世にも美しい声が背中から聞こえ俺の身体に奇妙な衝撃が貫き通り、それから闇が来た。