「なにそれ? 魔王が、勇者? 御婆様たちは何を仰っているの?」

 テントのなかで俺の話にアルマが困惑しているとラムザが頷いた。

「その説ですが実はザクにもあるのです。
 魔王もまた龍の血と契約を結んだものである可能性があり、つまり勇者と同じく龍の血を戴いたもの同士であると。
 両者を別けるのは世界に対する姿勢であるというがそうすると魔王は自分が勇者であると考え勇者たちを魔王と呼んでいる可能性すらありますね」

「なんか分かり難い話ね。それよりも悪に堕ちた勇者を魔王としたほうが分かりやすいんじゃないの?
 ほら魔王は魔王で勇者を倒すことで世界平和を目指していたとか理解が追い付かないし。それなら世界に裏切られた勇者が悪に堕ちて世界の支配を目指したとした方がいいわ」

 俺はラムザに聞いた。

「現代だと魔王の研究が進んでいると思うのだけどなにか分かったことはあるのか?」

「それが……さっきとある説にはと言ったようにまるで進んでいません、というかある意味で研究をさせないようにしていますね。
 勇者ジークの御子息である現グラン・ベルン王が魔王関連の資料及び史料を全てグラン・ベルン王家で管理保存し封印しているのですから。
 知られては不都合な真実があるのでしょうね。いまのヤヲさんの言葉のように」

「ジーク様と魔王が似た存在だと都合が悪い、か。そうだろうな。では魔王については昔のままのイメージそうだな」

「まぁね。言い方は悪いけどただのやられ役だしさ。
 何か強い魔法使いなだけよね。あんまり内面や背景については語られたりはしないわ。目的は世界征服と一言で片づけられるし。それよりも違うところにみんな目を向けるわね」

「魔王の背景を気にする人は描写はするけれど、それもまぁ創作の面が強い。
 各々のお好みの悪役像を当てはめようとしていますね。これは魔王側の資料や証言とかほぼ封印されているせいであります。
 御婆様もさっきのヤヲさんに対してのお話も僕達はまるで聞いていませんし、もちろんザクでもそういう話はされてはおりません。あくまで独自見解に留めてのことです」

「オヴェリアちゃんも沢山の魔王の話を知っていたはずなんだが、そこは女王か。
 政治的な判断で言わないことにしていたといったところか。政治をやっているオヴェリアちゃんとか想像しにくいけど」

「私達にとって御婆様は女王という政治の中心だからね。
 女の子をやっているほうが想像しにくいわよ。話を聞いてたまに誰この子? とか思ったりもするけど、まぁそこはいいわ。
 それにしても龍との契約の件を隠していたのは不思議ね。そこは秘密にするようなところではないと思うんだけど」

「そこから魔王と勇者の関係が繋がってしまうからとか?」

「それでもやりすぎじゃないかしら。まるで龍と契約してはいけない人がいたとかでないと隠さないような」

「魔王がそれに該当するからとか?」

「なんか引っ掛るの。そうじゃない何か思惑があると感じてしまうのよね」

「とりあえず俺達の認識としては各地に勇者がいて魔王勢と戦っている。
 魔王は魔王で悪者でその正体については特に疑問はない。そこは昔も今も変わりはないな」

「歴史に話を戻しますと、
 この今は観光地となっているあちらのユングの砦に魔王がいたのですよね。魔王は判断に迷っていたと思われます。
 西の勇者エーディンを激闘の末に撃破したがそのダメージが癒えていない。そのうえ東の勇者であるジークが接近してきている。逃げるか戦うか」

「判断に迷うわね。ここで二人の勇者を葬るべきかそれとも退くか。退いたら次はいつ戦えるか分からなくなるし、その間により強大な戦力となっている可能性もある」

「だが今のこの状態では、と自分への自信に賭けるか、それとも未来の自分への自信に賭けるか。
 その決断はご存じのように、魔王は多少不利な形勢であっても勇者ジークとの戦いに挑むことにしました。
 これが史上名高い第一次聖戦におけるユング砦攻防戦。ヤヲさんも参戦しここで名前が出てきますよね」

「参戦したが……今にはどう伝わっているんだ?」

「……オホン。こう伝わっているわ。
 攻防戦の最終局面で魔王は勇者ジークの攻撃に耐え切れず自爆魔法でもってなんとか逃走することが出来たけれど、その途中であんたに出会うのよ。
 逆に言えばあんたは魔王と出会うの、それもたった一人でね。
 おそらく歴代の勇者以外でただ一人で魔王に立ち向かったのはあんただけになるわね。
 あんたは逃げずに魔王に挑みかかり一太刀浴びせ、もう一撃でトドメだというところで逆襲を受けて返り討ちとなってしまう。
 ああ彼はどうなってしまうんだ!? がこのユング砦攻防戦のラストシーンね。
 まぁ、その……あんたにしては良いわね、ここ」

「へぇそうなんだ」

「そうなんだってそうなんでしょ? ここは御婆様の証言があるんだから確実よ。
 多少脚色は付いているでしょうがもう調べは付いていて、私はよく知っているんだから、嘘つかないようにね」

「なんだその言い方。なんでお前は俺より俺のことに詳しそうなんだよ……でも、ちょっと違うんだよな」

「嘘でしょやめてよちょっと。なにそれ? これも御婆様の盛りに盛った話なの?」

「そういうことではない。その後に俺が嘘を吐いているんだ」

「えっ? あんたが! そんな、それこそ嘘でしょ」

「どっどういうことですか? ここが違うとなるとかなり酷い話になりますよ。まさか虚偽申請とか」

「そんなはずないでしょ! こいつはそういうせこいことはしないわよ。
 やるならもっとデカいことをするタイプで、実際やるわけだし」

「落ち着け落ち着け。まぁいま思い出している最中だ。
 俺は確かに死に掛けている魔王にトドメを刺そうと戦ったよ。そんなチャンスを見逃すはずもないし。
 まぁ結局は失敗したが、肝心なことをその後に報告しなかったんだ。それは魔王の顔だ」

「魔王の顔! そんなのがあるの?」

「あるだろ顔は。そんな顔無しなはずはあり得ないし」

「いえ、無いんですよこれが。闇に覆われているのが大半であとは創作的なものですね。仮面やら悪人面とか統一していません。
 そもそも直接戦い勝利したグランベルン王の証言が魔王の顔は闇で覆われていたと書き残しておりますし。
 目撃者の多くもそれに異議を唱えていません。そもそも魔王の素顔がどうであってもほとんどの人は気にしませんね。
 ヤヲさんだけですよ。そんなことを言うのは」

「でも待って。するとどういうこと? 
 あんたは第一次聖戦時に魔王の顔を見た貴重な証人となるわけね。どんな顔をしていたの?」

「ここだけの話になるがこういう事情だ。
 無我夢中で俺は魔王に一太刀を加えた瞬間に頭巾が外れて顔が見えたような気がした。
 闇夜の薄暗く松明と月明かりしかない状況だったが、見た瞬間に俺は反射的に言ったんだ……ジーク様って」

「えっ?」
「へっ?」

「すると背後から声がしたんだ、待って! と。
 俺が振り返るとそこには……オヴェリアちゃんの姿があって、それから「でかした」という声が聞こえ、それから意識が飛んだ」