西の勇者エーディンの死から三日。
俺達の隊は敵の拠点へと向かっていた。魔王が滞在しているという砦にだ。
「信じられないものを見たことになるな。エーディン夫人を消失させたあの魔法。如何に不死身とはいえ存在を消されたらもう蘇らないということか」
テントの中にて目撃者であるアグはこう話しだした。魔王と遭遇した勇者エーディンは接近戦に持ち込み反撃を無視して戦い、優勢に進めていたが最後の一撃で敢え無く敗れたと。
「私たちはその攻撃に警戒し距離を取り構えたが魔王はそのまま逃亡した。
こちらに構っていられなかったのは、おそらくかなりの手傷を負ったからだと思われるし消失魔法による消耗も激しいのだろう。
そのぐらいの深手と消耗を負ったのなら治癒は時間が掛かることだ。だからこうして急行軍となったわけだな」
魔王、とまるで存在の無い抽象的な概念だと思っていたものが現実にあると知ると俺は不思議な気分に襲われた。
やはりそんな恐ろしいものと戦うこととなるとは。後ろのほうで戦っている俺でも緊張感で全身が包まれる。
その時は違う場所で戦っていたオヴェリアちゃんが言った。
「エーディン夫人と接近戦で互角にやりあえるだなんて魔王も強いですね。しかもそんな魔法も使えるとは厄介そう」
「常時使ってはいなかったとっておきの必殺なのだろう。
または一か八かの一撃。これはジーク殿にも伝えたが、魔王はあれはもしかしたら目が見えていないかもしれない。盲人を思わせる動きをしていたからな」
アグの言葉に俺は驚いた。
「そんなことがあるのか? だったらどうして普通に戦えるんだ?」
「他の感覚が優れているのでしょうね。音とか匂いとかに。
もしかしたら生まれつきのではなく、あれは龍との契約時の交換したものかもしれません」
オヴェリアちゃんの言葉に俺は言葉を失う。というか何を言っているのか分からなかった。
龍との契約ってそれって。
「勇者もだよな。あの、すると、もしかして魔王と勇者って同じようなものなのか?」
「あっ!」
俺の質問に二人は互いに顔を見合わせてから黙って思案し、それからアグが視線を宙に向けながら告げた。
「こちらの独自見解だ。ザク王国はかつては龍殺しの里と呼ばれていたように勇者がいなかったから神聖視する必要が無く様々な説があったが、まぁ単純化すると敵勇者を魔王と呼んでいる可能性があるということだ」
「まーあくまでこちらの見解ですので、アーダンさんはみなさんと意見を合わせていた方が良いですよ」
オヴェリアちゃんも明後日の方向に向かって言った。おかげで不安で頭がいっぱいになる。
「そうは言っても二人は俺に何気なく話していてそっちが危険じゃないかと」
「いえいえそんな馬鹿な。あなたは身内みたいなものですからついこちらが油断してしまってに過ぎません。
外だと私達はそんなミスは致しませんので。だから駄目ですよアーダンさん。ザクの王女二人がこんなことを言っていただなんて言っては、いけませんよ」
冗談口調でオヴェリアちゃんが言うも合わせてきたその目は、笑っていないため俺は怖くなった。これは本気で言ってはならないことなんだなと
「言わない、言わないからそんな眼で見ないで」
答えると目が笑いの色に満ちた。本当に怖いな。
これが政治的人間なのかなと俺は初めて彼女の知られざる一面に出会った気がした。
アグが言った。
「ジーク殿は龍との契約の際に音を失ったらしい。よって聞こえずそして喋れないのはそういうことだ。そして奇跡の武力を得た。
龍との契約は龍にもよるらしいが、概ね自らの最も大切なものを交換条件にすると推察される。
フリート殿の話ではジーク殿は歌がとてもうまく絶世の美声だったとのことだ」
「素敵ですね。あの剛毅かつ端整な御姿で美しく歌ったらさながら神話そのものですよ」
「ということは魔王は視力と交換しあの恐ろしい魔力を得たということか。亡きエーディンさんは感覚を交換しその不死身の強さを得たように」
「その魔王の攻撃で気を付けるべき他の点はこちらの死角から攻撃を仕掛けられることのようだ。
それはまるで己の目の代償にした恐ろしい能力のように不可知の死をもたらしてくる」
俺は震えると隣のオヴェリアちゃんは胸を張った。
「まぁその代わりエーディン夫人の攻撃を散々に喰らいましたからね。誠に勇者という存在は恐ろしいものですよ。私でないと対抗不能ですね」
その言葉に俺は苦笑いすると扇子が頭の上に落ちてきた。
「師匠に対してなんたる態度! いまのちょっとした冗談も分からないとはセンスがありませんね」
「なんでそう滑るんだ」
もう一撃強いのが来た。
「お黙りなさい! まったく女王様の冗談を大笑いするのが臣下のお勤めですよ」
「俺は臣下ではないしオヴェリアちゃんはまだ女王と呼ぶにはあまりにも子供だし」
「ふん! まぁいまの私の身体ではまだまだ勇者には及びませんが叔母様ぐらいの身長になりましたら、ジーク殿にも対抗できましょう。いまは耐える時期ですからね」
アグが笑った。俺はやはり綺麗だなと彼女を見た。とても美しい時だといつも共にいる際に思っていた。
「強さと奇跡か……もし龍と出会えたら俺も契約をして勇者になれるのかなぁ」
そう強くなって俺はアグを、と妄想が口に出るのを留めると女二人は首を傾げた。何だろうその反応は。
「元が、なぁ」
それって俺は弱いってことなのかとアグの反応に俺は傷ついた。
「愚弟! そんな白昼夢に夢中になるようなお馬鹿なことを考えていないでもっと稽古を積んだらどうです?
万が一契約できてもこんなに弱いと強さの上乗せにも限界がありますよ」
年下の師匠のいつもの辛辣な言葉に俺は苦しみを覚えた。
「けちょんけちょんだなぁ」
「いやいやアーダン。ジーク殿もエーディン夫人も元々は共に武勇に優れた傑物だった。
正体が不明な魔王も実力のある魔術師とかであったのだろう。そうであるからこそ龍と契約が出来たのだ」
「そうですよ。龍も愚かではありませんから人をちゃんと選びます。
力を与える対象も選別するのです。何も無いものから等価交換は行いませんって。与えるから貰う、失うから得る、それが大きければ大きいほど、尊ければ尊いほど、大切であればあるほどに、龍は欲しがるはずなのです。ジーク殿の美声にエーディン夫人の繊細な感覚。魔王のおそらくは素晴らしく良い目をしていたのでしょうね。
ところでさぁグテイなアーダンさんに良いところがあったりするんですかぁ? どこかなぁ? わたしわからないんだけど」
ねっとりとした口調でニタニタ笑いしながら首を左右に揺らすオヴェリアちゃんが俺を挑発してきた。
分かっている。彼女はアグの前で俺をこうやって辱めて遊んでいることを。
弄んでいることを! むしろちょっと困っているアグを見て俺の心は痛む。
なんだか己の不甲斐無さで苦しめているようで。
「頑張り屋ではあるがな」
アグのぼそっとした言葉を俺は聞き逃さない子供相手の褒め方!
年が五つ違うから子供扱いされてもしかたがないがこの人にだけはされたくはない! だったらこうする。
「こっ心だ! 俺には熱い心、誠がある」
「そうですかねぇ」
首どころか身体全体を傾けながらいまにも椅子から落ちそうなオヴェリアちゃんの冷たい声が聞こえると同時に、反射的に俺は急いで彼女を支えに手を伸ばして元に戻した。
以前、こうやって椅子から転倒したことが彼女にはあった。
「くるしゅうない。そうですね、いまの善行に免じて良い心をお持ちだと認めよう」
「認めようっていうかあるにはあるの!」
やり取りを見ているアグがまた笑った。低い声だが耳には心地よく入るその声。
「その心意気や良しだな。次の戦いで是非ともその熱い心を見せてくれ」
そうだ見せたい。取りだして眼の前に差し出すことはできないがしかしいつかはそれを見せる時が来るんだ。
あなたの前でだ。
俺達の隊は敵の拠点へと向かっていた。魔王が滞在しているという砦にだ。
「信じられないものを見たことになるな。エーディン夫人を消失させたあの魔法。如何に不死身とはいえ存在を消されたらもう蘇らないということか」
テントの中にて目撃者であるアグはこう話しだした。魔王と遭遇した勇者エーディンは接近戦に持ち込み反撃を無視して戦い、優勢に進めていたが最後の一撃で敢え無く敗れたと。
「私たちはその攻撃に警戒し距離を取り構えたが魔王はそのまま逃亡した。
こちらに構っていられなかったのは、おそらくかなりの手傷を負ったからだと思われるし消失魔法による消耗も激しいのだろう。
そのぐらいの深手と消耗を負ったのなら治癒は時間が掛かることだ。だからこうして急行軍となったわけだな」
魔王、とまるで存在の無い抽象的な概念だと思っていたものが現実にあると知ると俺は不思議な気分に襲われた。
やはりそんな恐ろしいものと戦うこととなるとは。後ろのほうで戦っている俺でも緊張感で全身が包まれる。
その時は違う場所で戦っていたオヴェリアちゃんが言った。
「エーディン夫人と接近戦で互角にやりあえるだなんて魔王も強いですね。しかもそんな魔法も使えるとは厄介そう」
「常時使ってはいなかったとっておきの必殺なのだろう。
または一か八かの一撃。これはジーク殿にも伝えたが、魔王はあれはもしかしたら目が見えていないかもしれない。盲人を思わせる動きをしていたからな」
アグの言葉に俺は驚いた。
「そんなことがあるのか? だったらどうして普通に戦えるんだ?」
「他の感覚が優れているのでしょうね。音とか匂いとかに。
もしかしたら生まれつきのではなく、あれは龍との契約時の交換したものかもしれません」
オヴェリアちゃんの言葉に俺は言葉を失う。というか何を言っているのか分からなかった。
龍との契約ってそれって。
「勇者もだよな。あの、すると、もしかして魔王と勇者って同じようなものなのか?」
「あっ!」
俺の質問に二人は互いに顔を見合わせてから黙って思案し、それからアグが視線を宙に向けながら告げた。
「こちらの独自見解だ。ザク王国はかつては龍殺しの里と呼ばれていたように勇者がいなかったから神聖視する必要が無く様々な説があったが、まぁ単純化すると敵勇者を魔王と呼んでいる可能性があるということだ」
「まーあくまでこちらの見解ですので、アーダンさんはみなさんと意見を合わせていた方が良いですよ」
オヴェリアちゃんも明後日の方向に向かって言った。おかげで不安で頭がいっぱいになる。
「そうは言っても二人は俺に何気なく話していてそっちが危険じゃないかと」
「いえいえそんな馬鹿な。あなたは身内みたいなものですからついこちらが油断してしまってに過ぎません。
外だと私達はそんなミスは致しませんので。だから駄目ですよアーダンさん。ザクの王女二人がこんなことを言っていただなんて言っては、いけませんよ」
冗談口調でオヴェリアちゃんが言うも合わせてきたその目は、笑っていないため俺は怖くなった。これは本気で言ってはならないことなんだなと
「言わない、言わないからそんな眼で見ないで」
答えると目が笑いの色に満ちた。本当に怖いな。
これが政治的人間なのかなと俺は初めて彼女の知られざる一面に出会った気がした。
アグが言った。
「ジーク殿は龍との契約の際に音を失ったらしい。よって聞こえずそして喋れないのはそういうことだ。そして奇跡の武力を得た。
龍との契約は龍にもよるらしいが、概ね自らの最も大切なものを交換条件にすると推察される。
フリート殿の話ではジーク殿は歌がとてもうまく絶世の美声だったとのことだ」
「素敵ですね。あの剛毅かつ端整な御姿で美しく歌ったらさながら神話そのものですよ」
「ということは魔王は視力と交換しあの恐ろしい魔力を得たということか。亡きエーディンさんは感覚を交換しその不死身の強さを得たように」
「その魔王の攻撃で気を付けるべき他の点はこちらの死角から攻撃を仕掛けられることのようだ。
それはまるで己の目の代償にした恐ろしい能力のように不可知の死をもたらしてくる」
俺は震えると隣のオヴェリアちゃんは胸を張った。
「まぁその代わりエーディン夫人の攻撃を散々に喰らいましたからね。誠に勇者という存在は恐ろしいものですよ。私でないと対抗不能ですね」
その言葉に俺は苦笑いすると扇子が頭の上に落ちてきた。
「師匠に対してなんたる態度! いまのちょっとした冗談も分からないとはセンスがありませんね」
「なんでそう滑るんだ」
もう一撃強いのが来た。
「お黙りなさい! まったく女王様の冗談を大笑いするのが臣下のお勤めですよ」
「俺は臣下ではないしオヴェリアちゃんはまだ女王と呼ぶにはあまりにも子供だし」
「ふん! まぁいまの私の身体ではまだまだ勇者には及びませんが叔母様ぐらいの身長になりましたら、ジーク殿にも対抗できましょう。いまは耐える時期ですからね」
アグが笑った。俺はやはり綺麗だなと彼女を見た。とても美しい時だといつも共にいる際に思っていた。
「強さと奇跡か……もし龍と出会えたら俺も契約をして勇者になれるのかなぁ」
そう強くなって俺はアグを、と妄想が口に出るのを留めると女二人は首を傾げた。何だろうその反応は。
「元が、なぁ」
それって俺は弱いってことなのかとアグの反応に俺は傷ついた。
「愚弟! そんな白昼夢に夢中になるようなお馬鹿なことを考えていないでもっと稽古を積んだらどうです?
万が一契約できてもこんなに弱いと強さの上乗せにも限界がありますよ」
年下の師匠のいつもの辛辣な言葉に俺は苦しみを覚えた。
「けちょんけちょんだなぁ」
「いやいやアーダン。ジーク殿もエーディン夫人も元々は共に武勇に優れた傑物だった。
正体が不明な魔王も実力のある魔術師とかであったのだろう。そうであるからこそ龍と契約が出来たのだ」
「そうですよ。龍も愚かではありませんから人をちゃんと選びます。
力を与える対象も選別するのです。何も無いものから等価交換は行いませんって。与えるから貰う、失うから得る、それが大きければ大きいほど、尊ければ尊いほど、大切であればあるほどに、龍は欲しがるはずなのです。ジーク殿の美声にエーディン夫人の繊細な感覚。魔王のおそらくは素晴らしく良い目をしていたのでしょうね。
ところでさぁグテイなアーダンさんに良いところがあったりするんですかぁ? どこかなぁ? わたしわからないんだけど」
ねっとりとした口調でニタニタ笑いしながら首を左右に揺らすオヴェリアちゃんが俺を挑発してきた。
分かっている。彼女はアグの前で俺をこうやって辱めて遊んでいることを。
弄んでいることを! むしろちょっと困っているアグを見て俺の心は痛む。
なんだか己の不甲斐無さで苦しめているようで。
「頑張り屋ではあるがな」
アグのぼそっとした言葉を俺は聞き逃さない子供相手の褒め方!
年が五つ違うから子供扱いされてもしかたがないがこの人にだけはされたくはない! だったらこうする。
「こっ心だ! 俺には熱い心、誠がある」
「そうですかねぇ」
首どころか身体全体を傾けながらいまにも椅子から落ちそうなオヴェリアちゃんの冷たい声が聞こえると同時に、反射的に俺は急いで彼女を支えに手を伸ばして元に戻した。
以前、こうやって椅子から転倒したことが彼女にはあった。
「くるしゅうない。そうですね、いまの善行に免じて良い心をお持ちだと認めよう」
「認めようっていうかあるにはあるの!」
やり取りを見ているアグがまた笑った。低い声だが耳には心地よく入るその声。
「その心意気や良しだな。次の戦いで是非ともその熱い心を見せてくれ」
そうだ見せたい。取りだして眼の前に差し出すことはできないがしかしいつかはそれを見せる時が来るんだ。
あなたの前でだ。


