「西の地ユング。ここは勇者エーディンと合流するところですね」

「たぶんオヴェリアちゃんは話していないと思うが、エーディンさんとの初対面は戦闘の帰り道だったようでこちらに手を振ってくれたんだ。
 でもその腕は折れていたから有り得ない角度に曲がっていてみんな悲鳴をあげたんだ」

「いやそれ有名な逸話で知ってますよ。悲鳴のなか御婆様が治しにいったようで」

「あっそうなんだ。でもやはり誤魔化したか。いや折れてる折れてるっていちばんうるさかったのがオヴェリアちゃんで、治しに行ったのはアグとホリンだったぞ」

「そこは、まぁ、ね。御婆様も初陣を飾るユングの地ではあまりカッコよくないエピソードは残したくはなかったんでしょ。
 許してあげないと。大叔母様もホリンも女王様の名誉のためなら許してくれるはずよ。ましてや第一次聖戦で高名な女勇者エーディンが活躍するところだしさ。
 カッコの良くないところは消去したいわよね」

「そうだな。それとエーディンさんは良い感じに後世に伝えられてそうだな」

「はい、そうですね。世界に四人いた勇者の一人でこの地で魔王軍と戦っていたのが不死身の勇者エーディン。
 妙齢の御夫人ながらも勇者となりこの西方の大地で戦うもの。如何なる激戦においても生き残り、どのような状況でも生還するのがこの勇者の特徴ですよね。
 何度も魔王に挑んでは命辛々帰還し続けてきていた伝説です」

「エーディンさんは痛みを感じなかったんだよな。すごいんだよ、あの時も腕が折れているのに笑いながら手を振っていたのが全てでさ。
 年下の旦那さんであるミデェウルさんはプリーストなんだが専属医っぽくて、いつも妻を治療していてすごく疲れていてなぁ。俺より少し上の年齢ぐらいだったのにすごく大人っぽく見えたもんだ」

「あっじゃあミデェウルなのですね。実はミデュウルとも呼ばれていて議論となっていまして」

「確実にミデェウルだ。発音しにくいのは分かるよ。俺達もミデェウルさんの名前を間違えて発音していたが傍のエーディンさんが咳払いしたり睨んだりしてきたから気を遣って直したもんだ。当の本人は慣れているのか気にしていなさそうだったがな」

「なっなんだが私達が知っている勇者エーディンとイメージがちょっと違ってくるわね。
 勇者エーディンって弓矢の名手で強弓でもって敵を撃ちまくるイメージがあるんだけどこれはどうなの?」

「俺達と出会ってからのイメージだなそれは。エーディン隊は前衛に立つ戦士が少なくて彼女が無理をして先頭にいたが、ジーク隊は反対に前衛に立つ戦士が多かったから、少し位置を変えて中衛に立ってもらうことになったんだ。
 短槍の達人であると同時に弓矢の名手でもあったから両方を使うこなしてユングの地でもって大活躍。
 槍の戦闘についてあまり語られないようなのは、あの痛みを感じない故の無茶な戦いぶりだからかな。攻撃はほぼ避けないから血塗れで半裸状態になっていたようだから規制が掛かったのかも」

「避けなければそのままカウンター攻撃が出来るから強烈とはいえ、もっとスマートに戦ってほしいわね! 
 私はあの敵の集中砲火を受けながらも無限に矢を射続けた魔王軍との交戦シーンが好きなんだけど。ほぼ一人で敵の攻勢を止めたのよね。これは本当でしょ?」

「そこには俺も参加していたが、エーディンさんは全身が矢襖状態でも気にせずに射続けていてな、俺はあんなに見ていられないものはなかったぞ。
 戦闘が終わって刺さった矢を抜くことになってな恐る恐る抜こうとしていたら言われたよ、どうぞ遠慮なく力一杯に引っこ抜いてください、痛みはありませんから、と。抜くほうが怖いで鏃が肉に引っかかり抵抗するあの感覚は忘れがたい」

「ちょっと痛々しい話はやめて。なるほどだからそういうエピソードは省かれているのね」

「本人はまるで気にしていなかったしむしろ楽しんでいたのが救いだったか。
 勇者同士であるから一対一の戦いだとエーディンさんはジーク様に匹敵していただろうな。全身が消滅しないのなら、闘い続けるわけだし、なにせ遠距離攻撃も可能だ」

「けれどもそんな不死身にも死ともいえる消滅の時が訪れたわけですよね」

「……そうだ。魔王の策によって夫のミデェウルさんは謀殺されてしまい、怒り狂ったエーディンさんは単騎特攻から玉砕。
 魔王も彼女を甘く見ていたわけではないが、それでもまさかここまでとはというぐらいの想像を上回る反撃を喰らい、魔王軍は大損害に魔王自身も深手を負う。そして俺達はついにこの地で奴と初めて対峙したわけだ」