初の実戦である。
 俺はついに前に出る。戦場に出る。

 シガレッツの地を支配していた魔王軍の最後の拠点地へ攻勢。ジーク様は総動員を掛け最終攻勢へ移行する。

「一兵たりともここから逃がさないように。もう敵は降伏か死かの二つに一つだ」

 フリート様の言葉にジーク様も頷きそれが攻勢の目的となった。

 進軍を進めその目的地へと近づくにつれて俺の心臓の鼓動が高まっていく。だが不安になるなと俺は自分に言い聞かせた。

 お前ひとりが如何こうする戦いではない。

 この戦いは仕上げであり勝ちが確定しているようなものだ。俺は敵の逃亡を防ぐために動員された壁を厚くするための一人に過ぎない。

 現にほら、隊列の最後尾あたりにいるじゃないか。お前はただ足手まといにならず任務放棄とかといった問題を起こさなければ何も問題はない。

 目立とうとしたり活躍しようとしてはならない。

 せっかくアレクやノイスがこんな俺のために口添えをしてくれたんだなにかやらかして二人の顔に泥をこれ以上かけたくはない。

 俺の残されたなけなしの財産でもある評判や誇りに掛けて自分の役目を全うしよう。
 
 特に何もしない! という役目をだ。

 やがて行進が止まり前に壁ができだした。この先が砦で目的地かと俺は緊張する。

 フリート様が身体に似合わぬ驚くほどの大声でなにやら降伏を勧告しているようだが反応はない。

 やはり戦闘開始かとしばらく待っているとタバコの香りが漂ってきて薫りが濃くなって近づいてくる。

 この匂いは絶対に間違えるはずのない彼女の、と思っていると人垣が裂け彼女が現れた。

 顔には二本の線が刻まれ戦闘用の衣装にまとわれた彼女はさながら異国の軍神じみており異形な美しさに見惚れていると俺は声を掛けられ名を呼ばれた。

 えっ? 俺になにかと先ずそのことを思った。

「なんだこんなところにいたのか。あなたはこっちだろ。なにをしているのやら」

 何を言っているのか分からず混乱したまま手を引っ張られ前へと連れていかれる。

 その遠慮のない力強い掌に俺は喜びを覚えると同時に不安と緊張が全て絡まり合いながら歩いていくと、

 俺の前には誰もいなくなった。

 前線である。最前線。横に弓兵や飛び道具系の戦士が並んでいる。

 なんで俺がここに?

「手斧、あるよな? 構えて」

「ある、けど、構えろ、って?」

 彼女は妙な顔をした。その崩れた表情もまた美しい。

「変なことを言うのだな。敵が出てきたら一斉攻勢だ。その際に先ずは飛び道具を使用するのだよ。
 私とあなたの手斧はその為にずっと訓練してきたんだ。それなのにまさかあんなところにいるとか……よりによってなんで最後尾にいるんだ! 捜すのに苦労したんだから」

 俺の手斧の訓練は厳密にはあなたと一緒にいたいからで、とは言えない。言えるはずもなし。そうだ俺はこの時のために訓練してきたんだ!

 そうに違いない! そうと言わないと彼女から変に見られてしまう。

「すまなかった。でしゃばるのも良くないと思ったし、それに俺はそのまだ上手くは投げられなく」

「大丈夫だ。ジーク殿には名人だと伝えた」

「なにも大丈夫じゃない! そんなに話を盛ったら」

「だからここに立てるわけだ」

 彼女の微笑むと俺の心臓は違う音の鼓動が鳴った。たまに鳴るその音は痛さが心にまで滲む。血が溢れているのかもしれない。

「戦士ならここにいるべきだ。オヴェリア様との訓練も全部吐き出せ。戦士なら、戦ってそして死ね。あなた自身の全てをさらけ出すんだ」

 彼女は笑い声混じりの声に俺は頷いた。そうだ俺は戦いを望んでいたんだ。

「うん、戦ってそして死ぬ」

「その意気だ。運がよかったら生き残れる」

 その言葉にも頷く。俺は死ぬのは良いが、だが君には生きてもらいたいし、できれば一緒に生きたい。

 こんなことは言えるはずもないもののそう思うと身体から力が漲り行進中の後ろ向きな気持ちはどこかに消失した。俺が戦うとしたらそれはその理由はひとつは。

「来る、構えて」

 彼女はタバコを吐き捨て構え、俺も続いた。

 砦からは何も変化はないが、と思った瞬間に敵が一斉に現れた。

「撃て!」

 フリート様の叫び声と同時に俺は手斧を反射的に投げた。一瞬見えた敵目掛けて回転しながら飛んで行く手斧。

 当たれ、と願いながらその行く末を目で追うも、それは虚しく空を斬って後方へと流れていくのを見て取った。

「惜しい!」

 彼女の声が聞こえ隣を見るとそっちは敵に当たって一人、倒れた。

「うまい!」

「良いところを見せられたよ!」

 喜ぶ彼女に俺は複雑な気分となった。それは俺が言いたかった台詞なんだが、しょうがない。

「突撃!」

 フリート様の合図が辺りに響くと彼女が先駆けとばかりに飛び出しあとのみんなも続いた。

 俺も行くのか? 俺も、と一瞬思うと彼女の背中が目に入るとすぐに追いかけた。

 騒音と悲鳴に叫び声が俺の全身を取り巻き戦いの渦へと呑み込まれていく感覚のなか、彼女は戦っていた。

 オヴェリアちゃんといつも行っている剣の型そのものの動きで以て。

 俺はあれは舞のようなものとしか見れなかったが、いまの彼女にはその舞に相手がいて、舞いに取り込まれ血の雨を降らせているように見えた。

 薙ぎ払いながら回転する軍神がそこにいた。相手が倒れるとその舞が終わった。

 次なる敵の剣士とつばぜり合いからの睨みあいが発生。

 かなりの剣士と思っているとそんな彼女の背後に忍び寄るもう一人の戦士が、いると思った瞬間に俺は間に飛び込み踏み込んで来たその敵の一撃目を防いだ。

 いつもの稽古よりも軽いその一撃、ビクともしない自身の剣、そしてそのことにあとで気づくもこの時はなにも気づかぬ無我夢中のなか、そこから俺の攻撃は空を斬り外れ、もう一撃が来るも今度も受け止め流したところで、敵が突然倒れた。

 俺の攻撃ではない誰かの攻撃によって。

 謎の影が走りそれを目で追うとそれは彼女のところへいき、それから敵の剣士も倒れた。

「助太刀、感謝する!」

 彼女の喜びの声が聞こえ俺はそっちを見た。

 その言葉は俺に対してのものではなくその近くにいる影に対してのもの。俺はその影と彼女を見ているとそれがこっちを見た。

「君、大丈夫か?」

 金色の髪をした涼し気な顔をした男がそこにいた。俺は何も答えられずにいた。

 何も答えることができない。そう、口が開かない。

 感謝ではなく違う感情が腹の底から渦巻き自分の身体中にそれが満たされていく感覚だけがそこにあった。