「いつもオヴェリア様に構ってくれてありがとう。これはそのお礼みたいなものだ」
アグはタバコの煙を吹いてから手斧を投げると、それは弧を描くように回転しながら飛んでいき狙い誤らず木の幹に刺さった。
微笑みながら振り返る彼女の紅い瞳と縦に走る二本の線の美しさに俺は喜びを覚えながら言った。
「うまいもんだ」
俺がそう言うと彼女は声をあげて笑った。
「ハハッ上手くいってよかった。お手本でミスったら恥ずかしいしな。今朝までちゃんと練習した甲斐があったものだ」
そう言いながら俺は彼女と共に斧の回収に向かう。その隣にタバコの煙を伴って。
「さっきの感謝だが、本当にこっちこそと言ったところだ。オヴェリアちゃんには色々と教えてもらって」
「そうとは言うがあそこまで真摯に構うというのも珍しい。
遠慮とかそういったものが無くて本気だ。それはあなたの徳だと私は思うぞ」
「まぁ真剣にやらないと怒られるからな」
「そこで真剣にできるのが大切なんだよ。あそこで子供扱いしたり変に優しくされたりしたらオヴェリア様はかえって気を病むだろう。
ご存じのようにあの子と私は亡命者であり只今の境遇は底の底、いわゆるどん底だ」
ザク王国は前年に魔王軍に滅ぼされた国であり、彼女ら二人は亡命し勇者ジークと合流した。王族らしいが俺には何の関係はないもの。
「そうみたいだが、なんだか不思議とそういう暗い感じを彼女からは覚えないな」
「あなたの前だからではないかな? ザクの女王としてよりも剣の師をしなければならないという理由で。
ああ見えて年相応に繊細で気難しくて弱いところがあるから、どう考えているのかは不明なところもあるが」
「繊細かつ弱い? どこにもそうには見えないが」
あれは図々しくて太々しくてこれを縮めると図太いというのかと、俺が言葉の意味を理解していると隣の彼女の笑い声が聞こえた。
鼓膜から先の心にまで染み入っていくような低めの笑い声、不思議と心が休まる。
声が歓喜となって自分の底へと沈み入り、それから身体全体に広がり満たされていくように。
「それでいいんだ。その対応で正解。だからあの日に初めて会った時に私は驚いたぞ。
オヴェリア様があんなに元気な声を出すだなんて。まるでザクにいたあの頃と同じだと私は錯覚したんだ。おまけに悪戯もするし楽しそうだし、まぁあなたが苦労していることは無視すると、申し訳ないが良いことずくめだ」
「最近は仕事も増えているからなぁ」
文句は言うものの、しかし、と俺は思う。
やめたいとは全然思わない。
多少の手心は欲しいとは思うものの、嫌とは思わなかった。
是非とも望むところですとは言えないが、グチグチ言うこともできないという微妙で不安定かつアンバランスなところに自分はいるなと感じる。
それは俺が強くなりたいからだろう。
俺だって本気を出せばという妄想が砕かれたのがあの日のこと。
自分の本気がまるで通じないことが分かったからこそ、とりあえず強くなることにした。
いまよりも少しは、多くは望まないが、満足をしたい。それだって多いよといわれたら困るが、それでも俺はそれを望むことにした。
任務の失敗という現実とこの先は英雄になるであろうオヴェリアちゃんとの圧倒的な力の差により、自分が同じ存在の英雄になれるはずがないと分からされた。
分かり気づいたからこそ、そこから始まった、その後だ。そこにいま俺はいる。
アグは手斧を幹から抜き俺に手渡してくれた。
「私も見様見真似の我流だが案外うまくできている。
使うとしてもこれは牽制用でこちらにも飛び道具があるぞというアピールとなり、そして突撃時に投げてから進めばより効果的だろう。
つまり私とあなたが使えれば効果は二倍だ。恐らく次の戦いの際は一緒に戦うかもしれないから共に使っていこう」
一緒に戦う、とその言葉の響きに俺は軽い陶酔感を覚えた。
この人と戦えたら良いところを見せられたらもしかして俺はこの人と……いやそういうのを妄想というんだ、やめろ。この間ので懲りただろ進歩がないなこの男は。
俺はちゃんと戦えたらそれで満足を覚えたり自分のこれまでの努力に誇らしさを覚える、それを望んでいる。
それだけだ、それでいいはずだ。焦るな。
「肘は、こう、で。手首はこんな具合に。とりあえず一投目してみよう」
とりえあずフォームを習った俺は緊張した。 上手くいくかなという緊張感に加えてこの人の前であまり恥ずかしい思いをしたくないということ。
この人はこちらの想いには絶対に気づいてはいない。気付くはずもない。俺だけが意識しているという状況。
名をつけるとしたらそれは……いや考えるな。ここは上手にやることが最優先だ。
良いところを、見せる! その思いだけで以って投げられた手斧は勢いよく高く遠くに行ってしまった。
「うーむ、飛距離だけなら良いのだがなぁ」
アグの苦笑いじみた声を聞きながら俺は恥ずかしさのあまり走った。
手斧を求めて、自分の想いも含めて、拾いに。
アグはタバコの煙を吹いてから手斧を投げると、それは弧を描くように回転しながら飛んでいき狙い誤らず木の幹に刺さった。
微笑みながら振り返る彼女の紅い瞳と縦に走る二本の線の美しさに俺は喜びを覚えながら言った。
「うまいもんだ」
俺がそう言うと彼女は声をあげて笑った。
「ハハッ上手くいってよかった。お手本でミスったら恥ずかしいしな。今朝までちゃんと練習した甲斐があったものだ」
そう言いながら俺は彼女と共に斧の回収に向かう。その隣にタバコの煙を伴って。
「さっきの感謝だが、本当にこっちこそと言ったところだ。オヴェリアちゃんには色々と教えてもらって」
「そうとは言うがあそこまで真摯に構うというのも珍しい。
遠慮とかそういったものが無くて本気だ。それはあなたの徳だと私は思うぞ」
「まぁ真剣にやらないと怒られるからな」
「そこで真剣にできるのが大切なんだよ。あそこで子供扱いしたり変に優しくされたりしたらオヴェリア様はかえって気を病むだろう。
ご存じのようにあの子と私は亡命者であり只今の境遇は底の底、いわゆるどん底だ」
ザク王国は前年に魔王軍に滅ぼされた国であり、彼女ら二人は亡命し勇者ジークと合流した。王族らしいが俺には何の関係はないもの。
「そうみたいだが、なんだか不思議とそういう暗い感じを彼女からは覚えないな」
「あなたの前だからではないかな? ザクの女王としてよりも剣の師をしなければならないという理由で。
ああ見えて年相応に繊細で気難しくて弱いところがあるから、どう考えているのかは不明なところもあるが」
「繊細かつ弱い? どこにもそうには見えないが」
あれは図々しくて太々しくてこれを縮めると図太いというのかと、俺が言葉の意味を理解していると隣の彼女の笑い声が聞こえた。
鼓膜から先の心にまで染み入っていくような低めの笑い声、不思議と心が休まる。
声が歓喜となって自分の底へと沈み入り、それから身体全体に広がり満たされていくように。
「それでいいんだ。その対応で正解。だからあの日に初めて会った時に私は驚いたぞ。
オヴェリア様があんなに元気な声を出すだなんて。まるでザクにいたあの頃と同じだと私は錯覚したんだ。おまけに悪戯もするし楽しそうだし、まぁあなたが苦労していることは無視すると、申し訳ないが良いことずくめだ」
「最近は仕事も増えているからなぁ」
文句は言うものの、しかし、と俺は思う。
やめたいとは全然思わない。
多少の手心は欲しいとは思うものの、嫌とは思わなかった。
是非とも望むところですとは言えないが、グチグチ言うこともできないという微妙で不安定かつアンバランスなところに自分はいるなと感じる。
それは俺が強くなりたいからだろう。
俺だって本気を出せばという妄想が砕かれたのがあの日のこと。
自分の本気がまるで通じないことが分かったからこそ、とりあえず強くなることにした。
いまよりも少しは、多くは望まないが、満足をしたい。それだって多いよといわれたら困るが、それでも俺はそれを望むことにした。
任務の失敗という現実とこの先は英雄になるであろうオヴェリアちゃんとの圧倒的な力の差により、自分が同じ存在の英雄になれるはずがないと分からされた。
分かり気づいたからこそ、そこから始まった、その後だ。そこにいま俺はいる。
アグは手斧を幹から抜き俺に手渡してくれた。
「私も見様見真似の我流だが案外うまくできている。
使うとしてもこれは牽制用でこちらにも飛び道具があるぞというアピールとなり、そして突撃時に投げてから進めばより効果的だろう。
つまり私とあなたが使えれば効果は二倍だ。恐らく次の戦いの際は一緒に戦うかもしれないから共に使っていこう」
一緒に戦う、とその言葉の響きに俺は軽い陶酔感を覚えた。
この人と戦えたら良いところを見せられたらもしかして俺はこの人と……いやそういうのを妄想というんだ、やめろ。この間ので懲りただろ進歩がないなこの男は。
俺はちゃんと戦えたらそれで満足を覚えたり自分のこれまでの努力に誇らしさを覚える、それを望んでいる。
それだけだ、それでいいはずだ。焦るな。
「肘は、こう、で。手首はこんな具合に。とりあえず一投目してみよう」
とりえあずフォームを習った俺は緊張した。 上手くいくかなという緊張感に加えてこの人の前であまり恥ずかしい思いをしたくないということ。
この人はこちらの想いには絶対に気づいてはいない。気付くはずもない。俺だけが意識しているという状況。
名をつけるとしたらそれは……いや考えるな。ここは上手にやることが最優先だ。
良いところを、見せる! その思いだけで以って投げられた手斧は勢いよく高く遠くに行ってしまった。
「うーむ、飛距離だけなら良いのだがなぁ」
アグの苦笑いじみた声を聞きながら俺は恥ずかしさのあまり走った。
手斧を求めて、自分の想いも含めて、拾いに。


