アフターアーダン 闇堕ち英雄の後日譚

 俺は激しい羞恥に襲われた。

 見られた。

 俺の剣が何度も飛ばされたところを。
 女の子に繰り返しやられているところを。

 二人は彼女がすごく強いことをまだ知らないだろう。笑っているのかも? 嘲笑っている? 

 まさかお姫様の接待をしていると思っているとか?

 いやいやそんなはずはないし、そんなことを思うような二人でない。

 あの二人はそういったことをするような男ではないことは俺は知っている。

 しかし、だけど、もしもそう思っていたら、ただでさえ俺の評価は最低な状態であるのに。

 わっ! 近づいてきた!

「訓練とは結構だな。俺ともひとつやらせてもらえないか?」

 ノイスが前に出てきた。その手には木刀が。ノイスと? 
 
 あのノイスと、やる!?

 剛剣とまで言われた必殺の一撃を放つあいつと!?

 やったら最後、タダじゃすまされないがやるのか俺は?

「ひとつ手合わせをお願い致します」

 いつの間にかオヴェリアちゃんが隣に立っていて代わりに返事をしていた。

 どうしてそんなことを? 新手のいじめかたか?

「ノイス殿は撃ってください。さぁ、構えて!」

 手を叩き彼女が脇に退くとノイスは大上段に構えながら迫ってきた。

 もう、逃げられない! 何故こんなことに! 

 昔あいつの剣は昔受けたことがあるが手を痛めてしまった。

 その手の痛みはもうないが、いまここで思い出したかのように甦ってきた。

 身体が覚えているその痛みを忘れないように右手に宿して……だが、と俺は妙な気分に襲われる。

 ノイスが思ったよりも小さく見える。

 以前に見たあの構えなら俺は圧倒されるはずであるのに、予想よりもずっと小さいというかそのままである。

 彼女が構えた際よりも小さくそして自身の方の変化にも気づいた。

 震えが無くまた手の痛みも気のせいであるかというように引いていくなかで、その一撃が来た。

 防御に構えた剣を弾き落としにかかる剛剣。

 衝撃から来てそれから俺の剣はものともせずに真っ直ぐに伸び、切っ先がノイスの首元に届いていた。

 この一瞬の動きに俺自身で状況が分からない。

 彼女がいつも自分に対してやっている動きがここに再現されていた。

 俺は呆然としているとノイスの目もまた驚いている。

「なんでだ……」

 俺が呟くとノイスが離れそれからアレクが前に来た。

「えっ?」

「俺もひとつ付き合わせてくれ」

「ではアレク殿、よろしくお願いします。はい、構えて!」

 俺の戸惑いは無視され彼女の合図によって俺はまた構えた。

 ノイスに比べたらアレクはもっと無理だと俺は早々にもう諦めている。

 素早く正確でそのうえ強いその技ありな剣裁きの評判はノイスを超えている。

 現に正眼の構えで圧倒さ……いや、そうではない?

 そんな馬鹿な。

 あの時はアレクの剣の動きが読めず見えずあっという間にやられたのに、あっ来た!

 ひとつフェイントを入れてからの動きに俺は反射的に対応でき、それからこちらの剣がアレクの首元に出た。

 瞬間的な流れのことであり、いつもこれを俺は見て来ていた。

 彼女の剣を通して俺は見てきた。

 逆になったことに混乱としているとアレクが下がり俺も木刀を降ろしてから言った。

「手加減、したのか?」

 問うと二人は互いに視線を合わせ小さく頷いてから答えた。

「さぁな。だがまぁ、いいだろ。よく分かったし」

 ノイスが応えるとアレクもまた言った。

「今回の遠征で戦死者が多々出てな、オルガ様から次の戦いから補充兵としてお前をどうだと尋ねられた。
 お前も分かっているように駄目な奴を前線に連れて行ったらみんなに迷惑がかかる」

「そうだな。連れて行かない方が良い」

 俺が言うとノイスが返した。

「だからひとつ試してみた。噂によると訓練を積んでいるらしいから、もしかしてと思ってな。悪く思わないでくれ」

「全然悪いとは思っていない、当然だ」

 あんなことをしたのだからなと思いながら答えるとアレクが背を向けながら言った。

「オルガ様には最低限の戦力になるはずだとは伝えておく。
 まぁ同郷贔屓と思われて、あまり良いところには配置されないだろうが、そこは我慢してくれよな」

「まったく問題はない。どこでも俺を使ってくれ」

「では俺達はここで。稽古の邪魔をしてすまなかった、じゃあな」

 手を振り去っていく二人の背を俺は見送った。あの大きな背中を俺はずっと見てきたが、今日はどこかいつもよりも大きくもなく小さくもなく普通に見えていた。

 その不思議さに呑み込まれるようにして見続けるとやがて見えなくなり、それからまたいつの間にか隣に立っている彼女を見た。

 オヴェリアちゃんは視線に気づくと無表情なまま親指を上げ、こちらに向けていたので俺も親指を上げて向ける。

 すると彼女は微笑み俺は頷いた。だからそれ以上の言葉はいらなかった。