「えっ? 本当に師弟関係だったの?」
アルマが驚きの声を上げた。
「あれ? 言っていなかったのか? オヴェリアちゃんは師で俺が弟子だって」
そういえば自分も言っていなかったなと思いつつも、だが彼女も自分の孫たちに言っていなかったのも不思議であった。
あんなに自分は師だといつも強調していたのに。
「ううん、そんな話は聞いたことが無いわ。だいたいあんた御婆様をちゃん付けで呼んでいるじゃないの。
そんなの友達かそういう関係での呼びかたでしょ。師匠なら違う言い方をしなさいよね」
「そこはまぁ……ちょっといろいろな事情があってな。そこは向うも承諾していたし」
「御婆様のお話ですと友人同士であったとかそんな感じでしたね」
ラムザが言った。
「傍目からだとそうなるかな。並んで歩いたら隣の女の子が師匠だって誰も思いつかないだろうし」
「しかしよく自ら申し出ましたね。普通はしませんよそれ」
「せざるを得ないというところか。あのままおめおめと引き下がるわけには出来なかったし。
強くなるに越したことはないしな。だけど、いま考えてもよく俺は頼めたしオヴェリアちゃんもよく了承してくれたものだと」
俺がそう言うとアルマが嘲笑った。
「フフッ散々にやられて無言で尻尾を巻いて逃げるよりかは、弟子入りしたほうがまだ体面が保てるってところ?
でもまぁ愚かさに溢れるあんたにしては賢明な判断ね。なににしろ修行するのは良いことよ。
目論み通りにあんたは弟子となり除隊は防がれたことになるしさ。
しかしなんだかこれって御婆様がそうなるように仕組んだとかいうよりも、勇者隊の上の方からの依頼事とかじゃない?
御婆様がわざわざ見知らぬあんたを弟子にする理由とかなさそうだし」
「言われてみるとそうかもな。
あの時は偶然とか流れとかそういった経緯でああなったとしか思えなかったが、こうやって後から考えると、オヴェリアちゃんがああいう稽古形式にしたのも、こちらからの自発的意思を求めていたと考えられるし」
「考えられるのは事情を知る騎士オルガ側からの御婆様への御依頼ではないでしょうかね?
ちょうど亡命先として入隊を受け入れましたので、御婆様に隊の戦力を上げるためにアーダンさんの訓練をお願いしたとか」
「でも御婆様としてはやる気のない雑魚男に世話を焼いてあれこれ指導とかしたくもない、分かる、すごく分かるわ。一目瞭然に濁った瞳の色をした男に対する嫌悪感はとっても共感しちゃう」
「共感するな」
「誰のせいだと思ってんのよ!
そう本人のやる気がないのに頑張っても意味ないものね。
まずは本人の意識が変えて自らの意思で以って指導を乞い願わないといけないわ。
それにしても、もしも私がお先真っ暗で人生に不貞腐れたどうしようもない年上の男の相手をしてくれとか言われたら、私も御婆様と同じやり方で稽古をしちゃいそう。気付くまでビシバシネチネチとね」
「現にしているよな」
「うるさいわね。だってあんたにはそうするしかないじゃない。
なに? 女の子からお前は弱いから強い私の指導を受けてなんなら弟子入りしても良いですよ? とか言われたらあんたは首を縦に振る?」
「横に振る。そんなの嫌だと言って帰郷するだろうな。そうなるとまぁ話は簡単だったな」
「簡単にしちゃ駄目ですよ。御婆様はそうやって回りくどいが、おそらく騎士オルガあたりからの依頼をなんとか遂行しようと考えて、稽古をしていたということでしょうね。所々で微笑んでいたようですし。
我が意に叶ったということですかね」
「けどさーもしもこれ予想以上に根性無しでお姫様に師事するのが嫌とか、めんどくさいことを言い出したらどうするつもりだったんだろ」
「彼女は俺を見捨てて、そうして俺はここにいなかったろうな」
なぜかアルマとラムザは黙った。
それから自分の両手を見て叩いたりもし、自らの存在を確認しているようで、妙なものを感じた。
「とにかく俺の目は幾分かは開けたわけだ。
二人にとってオヴェリアちゃんは偉大なる女王様であろうが、俺にとってはどこだか分からない遠い国からやってきたお姫様だ。
俺はザクという国に興味はないし彼女の地位がすごいのかもよく知らない。すごいのだろうが、関係ないしな。
オルガ様からも剣の達人だなんて聞いたこともないし、ましてや強いだなんて聞かなかった。異様な屈辱でもあった。何をどうしても、手も足も出ないんだ」
「けどあんたはそれに耐えたわけよ。事前に強いとか伝えられていたら多少は違っただろうけど」
「そうしたら俺はどこか言い訳をしていたかもしれない。
この子は剣の王国における史上最高の才能を秘めた剣士だと。諦めも付くだろう。だけど俺は知らないからこそ意地になった。少しできるだけの女の子かもしれない、自分が気合いを入れて頑張れば少しは近づけるかもしれない。
しかし結果はこうだ。惨敗、清々しいほどのな。だから諦めて師事を願ったという流れだ。弱くて小さいからこそ相手の強さと大きさが分からないことの典型例だったな」
「そこから毎日ですか?」
「毎日だ。時間も増えてな。まぁ稽古といっても特に変化はなかった。
彼女は細かく何かを言うのではなくとりあえずこちらの気付きに委ねようとしていたな。あらゆる角度からの攻撃に対してどう受けるか」
「さすがは御婆様。素晴らしい指導方針です」
「とはいうものの木刀で悪い箇所を叩きに来てたぞ。そこが治らないと駄目ですって。
どうにもこうにも我慢できなかったらしい」
「あの我慢強い御婆様を怒らせるとかよほどできの悪い弟子だったようね」
「出来の悪いのはともかくオヴェリアちゃんはぜんぜん我慢強くないぞ。有言実行ではなく有言不実行だ。立派な教訓は垂れるが言った直後に自分の思い通りに行かないと機嫌が悪くなるし、気にくわないとすぐ怒るタイプだったし、超わがままでいわばクソガキに近くて」
「ちょっとあんた! 人の御婆様を捕まえてクソガキとはどういうことよ!」
「いや、年下だし。俺が婆さん呼ばわりしたらあの世から呪いが飛んできそうだろ。あっおおっ! というかいまも婆さん扱いしたら頭の中でオヴェリアちゃんのクドクドネチネチが再生され頭が痛い! というかこれが呪いじゃないのか? あらかじめそういう魔法をかけてそう。
これならクソガキ呼ばわりな方がまだいいんじゃないのか」
「世にも奇妙な理屈もあったものね」
「そう、口癖はこう。なんで分からないのですか。
早く気づいたらどうです? じゃあ答えは? と尋ねると私にだって分かりませんよとか理不尽極まりない。
俺も反論したり暴れたりと怒りと不機嫌のなかでの稽古だったよ」
「そらあんたねぇ、出来の悪い年上の弟子とか面倒にも程があるでしょ。
私だって怒りながら躾けるしかないわ」
「躾ってお前……まぁそうやって稽古の日々は流れて行ったよ。毎日毎日、だが進歩は感じられなかったな。
考えながら構えを改善しても彼女の剣に弾き飛ばされるし踏み込まれるし崩されるし、だから聞いたんだ。そもそものところ俺って剣とかの才能はないのかな、と」
「そしたら?」
「そしたらそしたら?」
二人の瞳が輝いている、なにが楽しいのか俺には分からなかった。
「人差し指と親指をギュッとつけながら彼女は言ったよ。これっぽっちも無いですね、て」
ラムザは堪えながら笑いアルマは遠慮なく笑った。
「御婆様っぽい! あの人は誰にだって言うんですよ! あまりないですね、て」
「そりゃあなた様に比べたら誰もないですよ。このアルマも才能にちょっと乏しいって言われたようですよ。
身内贔屓を全然しないあの人にしてはすごく珍しいことで」
「なんだそういうことか。誰でもか、ね。だがオヴェリアちゃんはアレクやノイスはあると言っていたけど」
「わっすごいそう言ってたんだ! ならあったんじゃないの?
御婆様ってその手の嘘はあまりつかなかったよね。だいたいあんたも自分に剣の才能があるとは思わないでしょ?」
「そうだな。それでしばらくはそんな稽古で絞られ続けてやがて遠征からみんなが帰ってきたんだ。
作戦は成功したとのことでみんなでお出迎えで言わば凱旋だ。俺はそれをまた迎えるだけ。
俺はその日も稽古でしごかれ、いつも通り剣が飛ばされ拾いに行くと誰かが見ているのに気が付いた。アレクとノイスだった。それで二人が近づいて来てちょっといいかと言われてな」
「あらら見られたんだ。まさか、試合や決闘とか?」
「……形としてはそうなった」
アルマが驚きの声を上げた。
「あれ? 言っていなかったのか? オヴェリアちゃんは師で俺が弟子だって」
そういえば自分も言っていなかったなと思いつつも、だが彼女も自分の孫たちに言っていなかったのも不思議であった。
あんなに自分は師だといつも強調していたのに。
「ううん、そんな話は聞いたことが無いわ。だいたいあんた御婆様をちゃん付けで呼んでいるじゃないの。
そんなの友達かそういう関係での呼びかたでしょ。師匠なら違う言い方をしなさいよね」
「そこはまぁ……ちょっといろいろな事情があってな。そこは向うも承諾していたし」
「御婆様のお話ですと友人同士であったとかそんな感じでしたね」
ラムザが言った。
「傍目からだとそうなるかな。並んで歩いたら隣の女の子が師匠だって誰も思いつかないだろうし」
「しかしよく自ら申し出ましたね。普通はしませんよそれ」
「せざるを得ないというところか。あのままおめおめと引き下がるわけには出来なかったし。
強くなるに越したことはないしな。だけど、いま考えてもよく俺は頼めたしオヴェリアちゃんもよく了承してくれたものだと」
俺がそう言うとアルマが嘲笑った。
「フフッ散々にやられて無言で尻尾を巻いて逃げるよりかは、弟子入りしたほうがまだ体面が保てるってところ?
でもまぁ愚かさに溢れるあんたにしては賢明な判断ね。なににしろ修行するのは良いことよ。
目論み通りにあんたは弟子となり除隊は防がれたことになるしさ。
しかしなんだかこれって御婆様がそうなるように仕組んだとかいうよりも、勇者隊の上の方からの依頼事とかじゃない?
御婆様がわざわざ見知らぬあんたを弟子にする理由とかなさそうだし」
「言われてみるとそうかもな。
あの時は偶然とか流れとかそういった経緯でああなったとしか思えなかったが、こうやって後から考えると、オヴェリアちゃんがああいう稽古形式にしたのも、こちらからの自発的意思を求めていたと考えられるし」
「考えられるのは事情を知る騎士オルガ側からの御婆様への御依頼ではないでしょうかね?
ちょうど亡命先として入隊を受け入れましたので、御婆様に隊の戦力を上げるためにアーダンさんの訓練をお願いしたとか」
「でも御婆様としてはやる気のない雑魚男に世話を焼いてあれこれ指導とかしたくもない、分かる、すごく分かるわ。一目瞭然に濁った瞳の色をした男に対する嫌悪感はとっても共感しちゃう」
「共感するな」
「誰のせいだと思ってんのよ!
そう本人のやる気がないのに頑張っても意味ないものね。
まずは本人の意識が変えて自らの意思で以って指導を乞い願わないといけないわ。
それにしても、もしも私がお先真っ暗で人生に不貞腐れたどうしようもない年上の男の相手をしてくれとか言われたら、私も御婆様と同じやり方で稽古をしちゃいそう。気付くまでビシバシネチネチとね」
「現にしているよな」
「うるさいわね。だってあんたにはそうするしかないじゃない。
なに? 女の子からお前は弱いから強い私の指導を受けてなんなら弟子入りしても良いですよ? とか言われたらあんたは首を縦に振る?」
「横に振る。そんなの嫌だと言って帰郷するだろうな。そうなるとまぁ話は簡単だったな」
「簡単にしちゃ駄目ですよ。御婆様はそうやって回りくどいが、おそらく騎士オルガあたりからの依頼をなんとか遂行しようと考えて、稽古をしていたということでしょうね。所々で微笑んでいたようですし。
我が意に叶ったということですかね」
「けどさーもしもこれ予想以上に根性無しでお姫様に師事するのが嫌とか、めんどくさいことを言い出したらどうするつもりだったんだろ」
「彼女は俺を見捨てて、そうして俺はここにいなかったろうな」
なぜかアルマとラムザは黙った。
それから自分の両手を見て叩いたりもし、自らの存在を確認しているようで、妙なものを感じた。
「とにかく俺の目は幾分かは開けたわけだ。
二人にとってオヴェリアちゃんは偉大なる女王様であろうが、俺にとってはどこだか分からない遠い国からやってきたお姫様だ。
俺はザクという国に興味はないし彼女の地位がすごいのかもよく知らない。すごいのだろうが、関係ないしな。
オルガ様からも剣の達人だなんて聞いたこともないし、ましてや強いだなんて聞かなかった。異様な屈辱でもあった。何をどうしても、手も足も出ないんだ」
「けどあんたはそれに耐えたわけよ。事前に強いとか伝えられていたら多少は違っただろうけど」
「そうしたら俺はどこか言い訳をしていたかもしれない。
この子は剣の王国における史上最高の才能を秘めた剣士だと。諦めも付くだろう。だけど俺は知らないからこそ意地になった。少しできるだけの女の子かもしれない、自分が気合いを入れて頑張れば少しは近づけるかもしれない。
しかし結果はこうだ。惨敗、清々しいほどのな。だから諦めて師事を願ったという流れだ。弱くて小さいからこそ相手の強さと大きさが分からないことの典型例だったな」
「そこから毎日ですか?」
「毎日だ。時間も増えてな。まぁ稽古といっても特に変化はなかった。
彼女は細かく何かを言うのではなくとりあえずこちらの気付きに委ねようとしていたな。あらゆる角度からの攻撃に対してどう受けるか」
「さすがは御婆様。素晴らしい指導方針です」
「とはいうものの木刀で悪い箇所を叩きに来てたぞ。そこが治らないと駄目ですって。
どうにもこうにも我慢できなかったらしい」
「あの我慢強い御婆様を怒らせるとかよほどできの悪い弟子だったようね」
「出来の悪いのはともかくオヴェリアちゃんはぜんぜん我慢強くないぞ。有言実行ではなく有言不実行だ。立派な教訓は垂れるが言った直後に自分の思い通りに行かないと機嫌が悪くなるし、気にくわないとすぐ怒るタイプだったし、超わがままでいわばクソガキに近くて」
「ちょっとあんた! 人の御婆様を捕まえてクソガキとはどういうことよ!」
「いや、年下だし。俺が婆さん呼ばわりしたらあの世から呪いが飛んできそうだろ。あっおおっ! というかいまも婆さん扱いしたら頭の中でオヴェリアちゃんのクドクドネチネチが再生され頭が痛い! というかこれが呪いじゃないのか? あらかじめそういう魔法をかけてそう。
これならクソガキ呼ばわりな方がまだいいんじゃないのか」
「世にも奇妙な理屈もあったものね」
「そう、口癖はこう。なんで分からないのですか。
早く気づいたらどうです? じゃあ答えは? と尋ねると私にだって分かりませんよとか理不尽極まりない。
俺も反論したり暴れたりと怒りと不機嫌のなかでの稽古だったよ」
「そらあんたねぇ、出来の悪い年上の弟子とか面倒にも程があるでしょ。
私だって怒りながら躾けるしかないわ」
「躾ってお前……まぁそうやって稽古の日々は流れて行ったよ。毎日毎日、だが進歩は感じられなかったな。
考えながら構えを改善しても彼女の剣に弾き飛ばされるし踏み込まれるし崩されるし、だから聞いたんだ。そもそものところ俺って剣とかの才能はないのかな、と」
「そしたら?」
「そしたらそしたら?」
二人の瞳が輝いている、なにが楽しいのか俺には分からなかった。
「人差し指と親指をギュッとつけながら彼女は言ったよ。これっぽっちも無いですね、て」
ラムザは堪えながら笑いアルマは遠慮なく笑った。
「御婆様っぽい! あの人は誰にだって言うんですよ! あまりないですね、て」
「そりゃあなた様に比べたら誰もないですよ。このアルマも才能にちょっと乏しいって言われたようですよ。
身内贔屓を全然しないあの人にしてはすごく珍しいことで」
「なんだそういうことか。誰でもか、ね。だがオヴェリアちゃんはアレクやノイスはあると言っていたけど」
「わっすごいそう言ってたんだ! ならあったんじゃないの?
御婆様ってその手の嘘はあまりつかなかったよね。だいたいあんたも自分に剣の才能があるとは思わないでしょ?」
「そうだな。それでしばらくはそんな稽古で絞られ続けてやがて遠征からみんなが帰ってきたんだ。
作戦は成功したとのことでみんなでお出迎えで言わば凱旋だ。俺はそれをまた迎えるだけ。
俺はその日も稽古でしごかれ、いつも通り剣が飛ばされ拾いに行くと誰かが見ているのに気が付いた。アレクとノイスだった。それで二人が近づいて来てちょっといいかと言われてな」
「あらら見られたんだ。まさか、試合や決闘とか?」
「……形としてはそうなった」


