俺は扉を開き通路を早歩きしだす。
お姫様を警護せよとの任務をオルガ様から与えられた。
大鍋に入れる野菜の皮を切ったり刻んで具材をこしらえたり運んだりといった食事の後方任務の次はこれか。
宝物庫の見張りすらろくに果たせないようなものとしてはなるほどお似合いのお仕事。
お姫様の御相手、おままごとの御相手。この俺にぴったりな任務。
なにも出来ない男に相応しい大仕事。オルガ様の御心がよく分かる。
後ろで腐っていないで己を知り諦めろと。全く以て仰る通りでございます。
所詮俺はその程度の男であると見切りをつけるべきだ。
自分で自分の見切らなければならない。己を分からなければならない。
同郷の二人は立派な戦士となって、ずっと前線で戦い続けている。昨日も今日も明日もだ。
それに相応しい力を発揮している。俺も俺に相応しい力を発揮している。
つまりは村での仕事と同じことだ。所詮自分はどこに行っても同じなのだろう。
何も変わらない。村を出るときの決心が俺にとっての栄光の絶頂だったかもしれない。
あの一瞬の想像。英雄となって帰れたら本家の連中の目が替わりひいては先に死んだ父母たちの偉大さを証明できる。
そしてあいつらに罪を自覚させられる。自分を馬鹿にしたことの愚かさを伝えられる。
だがここでの俺は、なんだ?
まるで彼らの判断が正しかったかのようなことばかりをしているじゃないか。
お前とはそういう存在であり、それを受け入れろというように、諦めろというように、俺自身が誰よりも如実なまでに証明してしまった。
食事を作れ洗濯しろ掃除をあっついでに子供の御守だ……終わりだ。
勇者の下でやることではない。
村かどこかでやれば少なくともここよりかは惨めさを覚えないだろう。
それでも、他の者たちのようにそのために雇われたりはじめからそういうつもりだったら違ったはずだ。
そうでなく来た俺がここでやるからこそ辛いものもある。そうだ、もう終わらせよう。
俺は勇者のもとを去る。
栄光もなくボロをまとったまま暇乞いだ。
旅をしてどこかに知らない土地に辿り着くか、もしくは野垂れ死にだ。
このような渦巻く思いのまま歩いていたためか、いきなり目の前に扉が現れ立ち止まる。
ここはそう辿り着いた俺の野心の果て。
そうだ俺はお姫様の御守を……面倒をみるんだ。それが最後の使命となる。
これは残念でもなく当然のことだが今日だけの騎士。
明日になったらいや帰り際にオルガ様に除隊を願おう。
あっさりと受け入れてくれるだろう。厄介払いができたと安心させられるはず。
いわばこれは最後の御奉公。
今日だけなら、耐えよう、そして終わろう。
一度ノックするとすぐさま返事が返ってきた。
「どうぞ」
年相応な声がし俺は中に入ると、例のお姫様がいた。
豊かな白銀の髪に見覚えのない型に結わえられた東方の異国らしき髪型。
開かれた目蓋はから覗かせるは強い光を放つ翠色の瞳。
そしてその服装は異国風の後に聞いたところ、いわゆるキモノを着た十代の娘が部屋の中心に座っていた。
彼女は胡坐を組みながら座り顎をあげながら言った。
「私はオヴェリア・シャナン。あなたは?」
「俺は……いや、名を聞いても仕方がないかと。俺は明日にはもう」
我ながら酷い返し方だなと思っていると彼女の顔が歪んだ。
整った顔立ちなのに崩れ方が異様に激しい。顔芸どころかもはや威嚇に近い。
「……ナヲキイテモシカタガナイカト・オレハアシタニハモウイナイ、という名前ね。
ずいぶんと妙に長くてヘンチクリンな名前を付けられたのね。それともあなたの地元だとみんなそうなの?」
「……俺の名はアーダン・ヤヲです。よろしくお願いします」
「はい分かりました。はじめからそう言って貰わないと困りますよ。ではアーダンさん、これをどうぞ」
俺は立ち上がった彼女から木刀を渡された。えっなんで?
「稽古をお願いしたいのです。いつも叔母様とやっているのですが、先日から遠征に出てしまいましてね。
オルガ様に相談したところあなたをよこしてくださったわけです」
そういうことか、と俺は納得した。
一番戦力にならないのを寄こしたわけかと。それは合理的だ、とても、とてもだ。
俺なら女の子相手の剣の相手ならできる。それは、確実だ。
「なるほど。てっきりお喋りの相手かと思ってしまったよ」
「そんなまさか。あなたと話すことなどありませんよ。では庭に出ましょう」
よしと俺は彼女のあとをついていき庭へと出た。
木々に囲まれいい感じに日陰の場所があり木洩れ日が射す中で彼女は言った。
「撃剣を行います。私の剣を受け止めてください」
彼女がそう言いながら構えると俺も木刀を両手にし構えた。
どうやらあちらの国における剣の稽古の基本型らしい。
この攻めと受けの関係なら攻めが剣を撃つことで受けの防御が崩れ、それで成功なのだろう。
少しの崩れでもいいがもしも力量差があると受け手側の剣が飛んでしまうのだろう。
それは完全な敗北となるはず。
でもまぁこの場合なら飛ぶこともないはず。
相手は十代半ばぐらいの自分より背が低く細身なお姫様。
これは武術の習い事のひとつなはず。
いくら構えが良くて大きく見えても所詮は……と俺はそう思いながら迫りくる彼女の木刀の先を見ていた。
あれ? 彼女がいない、消えた?
これは木刀の先端の陰に全身を納め隠れていて俺はそれしか見えずにいて……と思っていると突然手中にあった木刀が、飛んでいった。
いや、飛ばされた。
掌には衝撃がなく本当にただ木刀が自ら飛んで行ったかのような喪失感のあとに首筋に冷たい感覚が来た。
彼女の木刀が当たっている。これが実戦であったら俺の命はもう絶たれているはず。
血が吹きだすイメージが脳内で強制的に湧き起るなか声が聞こえた。
「もう一度、お願いします」
無感動な声に対して俺は逃げるようにして木刀を拾いに行く途中で思考が再開しだす。
油断、した。いや、力を籠めな過ぎた。あんなに完全にやられたのはそういうことだ。
今度は力を入れる。これならもうあんな無様なことに、なった。
また同じように木刀が飛び彼女の剣先がさきほどと寸分たがわずに首元に。
「もう一度、お願いします」
そしてまた同じ言葉にさっきとだいたい同じ位置に落ちた木刀を拾いながら俺の思考は混乱する。
どうしてだ?
どうしてどうして……戸惑いに力みに不可解さといった感情の渦の中で構え飛ばされ拾いに行く、
といった無限の如き同一行動をとっているとやがて構える前に俺は跪いた。
よく分からないまま俺は彼女を見上げると翠色の瞳が目に入る。
あらゆる意味で俺を見下している。
無言に静かにあたりには俺の荒い息だけが満ちていた。
その翠色は濁りなく透き通っていた。
では自分の瞳の色は……そう思うと瞬間的な怒りを覚え俺は立ち上がり、構えた。
これまでとは違う力が自分のなかに溢れてきているのを感じた。
もしもこれが通じなかったら、剣が飛ばされたとしたら、俺はもう……覚悟を決めていると彼女は構えない。
腰に木刀を納めてから言った。
「今日はここまでにしましょう」
「どうして!」
また意味不明な感情が高じ叫ぶも返ってくるのは落ち着いた声のみ。
「その構えですと次の稽古の段階になります。今日の分はたくさんしましたから私はもう十分で、明日そちらをお願いします」
「明日?」
「はい明日ですよ」
明日はもう俺は……俺はここを……そうなのか?
こんなことをされて俺はここを去るのか? こんな気持ちのまま俺は……
「もう、来られないのですか? 」
翠色に尋ねられ俺は叫んだ。
「いいや、来る。絶対に来る。また明日もだ」
答えるとその時に彼女は微笑んだ気がした。驚くとすぐに無愛想な普通の表情に戻りそれから言った。
「じゃあお茶でも飲んでお帰りなさい。稽古に付き合ってくれましたので今日は私が用意します」
こうして俺と彼女の稽古が始まった。
お姫様を警護せよとの任務をオルガ様から与えられた。
大鍋に入れる野菜の皮を切ったり刻んで具材をこしらえたり運んだりといった食事の後方任務の次はこれか。
宝物庫の見張りすらろくに果たせないようなものとしてはなるほどお似合いのお仕事。
お姫様の御相手、おままごとの御相手。この俺にぴったりな任務。
なにも出来ない男に相応しい大仕事。オルガ様の御心がよく分かる。
後ろで腐っていないで己を知り諦めろと。全く以て仰る通りでございます。
所詮俺はその程度の男であると見切りをつけるべきだ。
自分で自分の見切らなければならない。己を分からなければならない。
同郷の二人は立派な戦士となって、ずっと前線で戦い続けている。昨日も今日も明日もだ。
それに相応しい力を発揮している。俺も俺に相応しい力を発揮している。
つまりは村での仕事と同じことだ。所詮自分はどこに行っても同じなのだろう。
何も変わらない。村を出るときの決心が俺にとっての栄光の絶頂だったかもしれない。
あの一瞬の想像。英雄となって帰れたら本家の連中の目が替わりひいては先に死んだ父母たちの偉大さを証明できる。
そしてあいつらに罪を自覚させられる。自分を馬鹿にしたことの愚かさを伝えられる。
だがここでの俺は、なんだ?
まるで彼らの判断が正しかったかのようなことばかりをしているじゃないか。
お前とはそういう存在であり、それを受け入れろというように、諦めろというように、俺自身が誰よりも如実なまでに証明してしまった。
食事を作れ洗濯しろ掃除をあっついでに子供の御守だ……終わりだ。
勇者の下でやることではない。
村かどこかでやれば少なくともここよりかは惨めさを覚えないだろう。
それでも、他の者たちのようにそのために雇われたりはじめからそういうつもりだったら違ったはずだ。
そうでなく来た俺がここでやるからこそ辛いものもある。そうだ、もう終わらせよう。
俺は勇者のもとを去る。
栄光もなくボロをまとったまま暇乞いだ。
旅をしてどこかに知らない土地に辿り着くか、もしくは野垂れ死にだ。
このような渦巻く思いのまま歩いていたためか、いきなり目の前に扉が現れ立ち止まる。
ここはそう辿り着いた俺の野心の果て。
そうだ俺はお姫様の御守を……面倒をみるんだ。それが最後の使命となる。
これは残念でもなく当然のことだが今日だけの騎士。
明日になったらいや帰り際にオルガ様に除隊を願おう。
あっさりと受け入れてくれるだろう。厄介払いができたと安心させられるはず。
いわばこれは最後の御奉公。
今日だけなら、耐えよう、そして終わろう。
一度ノックするとすぐさま返事が返ってきた。
「どうぞ」
年相応な声がし俺は中に入ると、例のお姫様がいた。
豊かな白銀の髪に見覚えのない型に結わえられた東方の異国らしき髪型。
開かれた目蓋はから覗かせるは強い光を放つ翠色の瞳。
そしてその服装は異国風の後に聞いたところ、いわゆるキモノを着た十代の娘が部屋の中心に座っていた。
彼女は胡坐を組みながら座り顎をあげながら言った。
「私はオヴェリア・シャナン。あなたは?」
「俺は……いや、名を聞いても仕方がないかと。俺は明日にはもう」
我ながら酷い返し方だなと思っていると彼女の顔が歪んだ。
整った顔立ちなのに崩れ方が異様に激しい。顔芸どころかもはや威嚇に近い。
「……ナヲキイテモシカタガナイカト・オレハアシタニハモウイナイ、という名前ね。
ずいぶんと妙に長くてヘンチクリンな名前を付けられたのね。それともあなたの地元だとみんなそうなの?」
「……俺の名はアーダン・ヤヲです。よろしくお願いします」
「はい分かりました。はじめからそう言って貰わないと困りますよ。ではアーダンさん、これをどうぞ」
俺は立ち上がった彼女から木刀を渡された。えっなんで?
「稽古をお願いしたいのです。いつも叔母様とやっているのですが、先日から遠征に出てしまいましてね。
オルガ様に相談したところあなたをよこしてくださったわけです」
そういうことか、と俺は納得した。
一番戦力にならないのを寄こしたわけかと。それは合理的だ、とても、とてもだ。
俺なら女の子相手の剣の相手ならできる。それは、確実だ。
「なるほど。てっきりお喋りの相手かと思ってしまったよ」
「そんなまさか。あなたと話すことなどありませんよ。では庭に出ましょう」
よしと俺は彼女のあとをついていき庭へと出た。
木々に囲まれいい感じに日陰の場所があり木洩れ日が射す中で彼女は言った。
「撃剣を行います。私の剣を受け止めてください」
彼女がそう言いながら構えると俺も木刀を両手にし構えた。
どうやらあちらの国における剣の稽古の基本型らしい。
この攻めと受けの関係なら攻めが剣を撃つことで受けの防御が崩れ、それで成功なのだろう。
少しの崩れでもいいがもしも力量差があると受け手側の剣が飛んでしまうのだろう。
それは完全な敗北となるはず。
でもまぁこの場合なら飛ぶこともないはず。
相手は十代半ばぐらいの自分より背が低く細身なお姫様。
これは武術の習い事のひとつなはず。
いくら構えが良くて大きく見えても所詮は……と俺はそう思いながら迫りくる彼女の木刀の先を見ていた。
あれ? 彼女がいない、消えた?
これは木刀の先端の陰に全身を納め隠れていて俺はそれしか見えずにいて……と思っていると突然手中にあった木刀が、飛んでいった。
いや、飛ばされた。
掌には衝撃がなく本当にただ木刀が自ら飛んで行ったかのような喪失感のあとに首筋に冷たい感覚が来た。
彼女の木刀が当たっている。これが実戦であったら俺の命はもう絶たれているはず。
血が吹きだすイメージが脳内で強制的に湧き起るなか声が聞こえた。
「もう一度、お願いします」
無感動な声に対して俺は逃げるようにして木刀を拾いに行く途中で思考が再開しだす。
油断、した。いや、力を籠めな過ぎた。あんなに完全にやられたのはそういうことだ。
今度は力を入れる。これならもうあんな無様なことに、なった。
また同じように木刀が飛び彼女の剣先がさきほどと寸分たがわずに首元に。
「もう一度、お願いします」
そしてまた同じ言葉にさっきとだいたい同じ位置に落ちた木刀を拾いながら俺の思考は混乱する。
どうしてだ?
どうしてどうして……戸惑いに力みに不可解さといった感情の渦の中で構え飛ばされ拾いに行く、
といった無限の如き同一行動をとっているとやがて構える前に俺は跪いた。
よく分からないまま俺は彼女を見上げると翠色の瞳が目に入る。
あらゆる意味で俺を見下している。
無言に静かにあたりには俺の荒い息だけが満ちていた。
その翠色は濁りなく透き通っていた。
では自分の瞳の色は……そう思うと瞬間的な怒りを覚え俺は立ち上がり、構えた。
これまでとは違う力が自分のなかに溢れてきているのを感じた。
もしもこれが通じなかったら、剣が飛ばされたとしたら、俺はもう……覚悟を決めていると彼女は構えない。
腰に木刀を納めてから言った。
「今日はここまでにしましょう」
「どうして!」
また意味不明な感情が高じ叫ぶも返ってくるのは落ち着いた声のみ。
「その構えですと次の稽古の段階になります。今日の分はたくさんしましたから私はもう十分で、明日そちらをお願いします」
「明日?」
「はい明日ですよ」
明日はもう俺は……俺はここを……そうなのか?
こんなことをされて俺はここを去るのか? こんな気持ちのまま俺は……
「もう、来られないのですか? 」
翠色に尋ねられ俺は叫んだ。
「いいや、来る。絶対に来る。また明日もだ」
答えるとその時に彼女は微笑んだ気がした。驚くとすぐに無愛想な普通の表情に戻りそれから言った。
「じゃあお茶でも飲んでお帰りなさい。稽古に付き合ってくれましたので今日は私が用意します」
こうして俺と彼女の稽古が始まった。


