「いや、謝りなさいよ!」

 誰かを代弁するかのようにアルマが言った。

「できなかった」

 俺が即答するとアルマは溜息をつく。

「はぁ? できないって、やっぱりあんたってどうしようもないのね。信じられない!」

「おいおいやめろよ。ヤヲさんだって悪気があってやったわけじゃなくてだな」

 ラムザが止めに入るも俺が手で制した。

「悪気はなくても結果的にしくじったんだから謝るべきよね? なんでちゃんと謝れないのあんた?」

「謝るのにも余裕がないとできないからな」

「なに開き直ってんの? 余裕がなくても謝りなさいよ。人として問題があるでしょ」

「だからそういう時は無理なんだって。
 余裕や自信があって人は初めて謝れるんだ。それが強さだ。弱くて自信がなくてギリギリな存在では謝罪は難しいんだ。
 本人は自己嫌悪で苦しんでいてそれ以上血を吐く余裕なんてない」

「でも謝るべきでしょ。アレクやノイスに対しては特に。
 二人ともよく耐えてくれたわね。私だったら村に帰れと延々と詰めちゃいそう。この村の恥さらしが! とっととどっかに行って野垂れ死にしてしまえって」

「いたのがお前でなくて良かったよ。そう言われていたら俺は帰っていただろうな。
 まぁ村には帰れずにどこか遠くに行ってな。そしてそのまま……」

「そのまま……」

 アルマが呟き口を閉じる。

「だけどそれは罪の償いになりますね。それを上は望まずにそしてあなたもそうなさらなかった」

「そうだな」

 ラムザに答えると俺は車窓から外を眺める。はじめて見るエルトシャーの風景。
 五十年前とはさすがに風景は違うから初めてと思うのでは? ではなくはっきりと言えてしまう初めての風景。

 木々に畑に陽の光。その全てを自分は知らない。

 同じ季節であるはずなのにあの頃は周りを見る余裕すらなかったことを思い出した。

「そこからの日々は呆然自失だ。ろくによく覚えていない。
 とりあえず生きていたのは確実だ。ただ生活しているだけだったが」

「ふーん、まぁ魔戦士の頃と変わらぬいつものあんたじゃん。あんたってそんな人生ね。生きているだけってやつ」

「そうかもな。俺は誰とも関わらず誰も関わってもくれず己個人だけの仕事をしていた。
 隊に新たな仲間が加わるも関われずにな。いま考えるとあれは自分に架した罰かもしれない」

「だったら無意味極まりないわね。自罰なんて自己憐憫よ。だったらちゃんとアレクやノイスに謝りなさいよ」

「だからしつこいからやめろよアルマ。すみませんねヤヲさん。興奮するとすぐこうなるんだから」

「ありがとう、でも別に問題はない。俺もいまではそう思うし、そうすべきだったと思うが当時はそう思えなかった。
 間違えているだろうがそれが事実だ。何も言えない。アレクやノイスの言葉ですらギリギリだった。まさに人生にドン詰まっていた感があったしな」

「そうやって必要な時に必要なことをやらないから人生苦しくなるのよ」

「そんな賢さは後知恵だ。今とはいつだって愚かなんだよ。もう手遅れになった時にそうしなければならなかったと後悔する。
 そんなことの繰り返しだ。それでどのくらい日々が過ぎたかは分からない。俺の活躍どころか出番も何も無いままエルトシャーの地での戦いは進展し、あと一歩というかたぶん最終段階に差し迫った頃か、後方の任務から少し違う仕事の配置となった」

「あんたなんかに任せられる仕事ってなにかしら? 私は思い浮かばないなぁ」

「ええっともしかしてそれって」

 意地悪そうな眼つきで見るアルマと期待の眼差しを向けるラムザとその対比を見ながら俺は答えた。

「亡国のお姫様の身辺警護を命じられた」

 アルマは固まりラムザは笑った。

「えっ? そんなどうしようもない時に会ったの? 私そんなの聞いたこと無いんだけど」

「そうなるとどんな風に聞いたんだ?」

「そこはですね、亡命中に勇者ジークに出会い隊に加わったからで始まります。
 その中でヤヲさんもいてとか、ごくごく普通の状況での出会いのスタートですね」

「まさかそのあんたがそんな普通でない異常な状況下だなんてね。
 恥をかかせるわけにはいかないからそこは黙ってうやむやにしたんでしょうね。御婆様ったら優し」

「そうかはじめから戦士だということで後世に伝えられているんだな。
 彼女と出会った頃はとてもじゃないがそんなのではなかった。任務でしくじり現場から外され後方の雑務に没頭するだけの存在。これが真実だ」

「そこから変わるの? そんな兆候はまったく見られないんだけど」

 アルマの声に俺の意識はまた飛ぶ。あの日のことを思い出すためのようなこの無意識な心の働き。

 記憶の奥へと既に封印が解かれ鍵はかけられず、ただ閉まっているだけの扉を開くためのもの。

 手を掛けて引くだけでそこに到れるように、思えばすぐにその扉は開く。

 アルマの声が彼女の声と重なる。だがそれは違うのだということを強く意識しつつ俺は答えた。

「俺の口からはなんとも言えない。だが俺はたしかにあの時にオヴェリアちゃんと出会った。そこだけは、確実な真実だ」

 扉の開く音が俺の底から聞こえた。