「あれが村から出て行ったときにあたしらは驚きましたよ。よくもあのアレクとノイスが連れて行ったのかと。
 あの二人はこの戦士の試練をクリアしないと同行は許さないであったのにさ」

「あっそこは最近の調査と研究によって、どうやらアレクとノイスによる特別合格扱いであった説が有力視されていますね」

 その人の疑問にラムザが答えた。

「えっ? やっぱりそうだったの! だと思ったよ。それでないならあいつが出来るわけがない」

 声が弾むも俺にとってその声は聴き慣れたものであった。だが振り返ることは、できない。

 自分はきっと反応をしてしまう。生きているという反応を必ずとってしまう。

「できない、ですが。しかしアーダンは村の英雄で若い頃から身体が逞しい頼りがいのある力持ちであったと、グラン・ベルンの公式の歴史ではそう教えられておられますが」

 ラムザの声にその人は鼻で笑う。
 五十年経っても変わらぬその癖、三つ子の魂百までと俺は感じた。

「そこはそういうことにしているんだよ。
 力持ちねぇ、女の子よりかはあるけど男の子のなかではちょっとな程度だったね。
 あの頼りなさげな腕と微妙に高い背とかひょろ長いとはああいうことさ。
 性格も女々しくて弱々しい、どこからどう見ても英雄って器ではないね」

「へぇーそうなのですかー私もなんだかそんな気がしていたので真実に近づけて嬉しいです!
 そんなのが英雄ですと伝えられたら御婆さんもさぞかし驚かれたでしょう?」

「驚いたさ、なにかの間違いかと。でもさ最初は違ったんだよ。
 第一次聖戦後にアレクとノイスの訃報が届いた際にあたし達は泣いたもんさ。あたし達の英雄が戦死と遂げるだなんてさ。
 けれども二人はジーク様の剣を命懸けで守り通し、その結果いまの王様である御子息様にお届け出来たなんて立派なものだとあたし達は熱い涙を流したよ。
 さすがはあたし達のアレクとノイスだって。そうであるから二人の活躍に対する報復的な魔王による圧政時も、そこを心の拠り所として頑張ったもんさ。
 あたし達は二人の英雄の同郷人なんだって。だから辛くても耐え抜き今日があるってやつさ」

「えっちょっと待ってください! 本当に二人ってどういうことですか? アーダンはいたんですよね? なんだか存在が怪しくなってきたぞ」

 ラムザの戸惑う声に対してその人の声は小さくなる。

 誰かに聞かれたくないような、だが聞かせたいような、俺はそう感じた。

「いたよ。そこは確実だ。あいつはいた。あたしがそれを保証する。本家であるうちの分家筋の遠縁でね。
 それの親が病で倒れたから本家で引き取ったのがあいつだ。要領の悪い不器用な奴でよく怒鳴られていたよ。
 暇を見ては剣をふったり字を習ったりと早く家から出ていて欲しかったもんだ。
 それであの二人のあとを追っていなくなって清々したもんだ。
 もとからいつか外に出る予定だったからそれが早まっただけ、そういうことだ」

「するとこちらには訃報すら届いていなかったってことで? 生きているとかいう連絡もなしで?」

「……あたしは一応そのことを伝えに来てくれた解放軍の騎士に尋ねたよ。ヤヲ家のアーダンってのはどうなったかって。
 まぁこれも心配とかじゃなくてジーク様やアレクやノイスの迷惑を掛けたりしていなかった、かといった程度の気持ちだったがね。
 返事ではあれは行方不明だと聞きあたしは満足してそれでおしまいだ。
 もとから行方不明なんだ。なんでもなかったさ」

 その人は息を吐く音が聞こえるとあたりの気も同時に沈んだ。そこには儀式のような、厳粛さすら俺には感じられた。

「すると、アーダンのことはいわゆる第二次聖戦後に届いたのですか?」

「そうさ。いまの王様がグラン・ベルンを魔王を撃破した後に改めてこちらに連絡が届いてな。
 うちから新たに解放軍に加わったものの件や、かつてのことについてだ。
 アーダンのもそこに加わったんだが、これがどう考えても話を盛ったというか、アレクやノイスの戦功と間違えられたのではないかといったものがあってな、あたしはこれはおかしいと訴えたんだが、あちらはちゃんとした調査に基づくものという返事一辺倒でさ。
 そもそも戦功が小さすぎるのではなく大きすぎるとか、訴えが逆だろう何も言わずに受けとれと説教される始末だし、うちの本家も勿怪の幸いとばかりに大々的に打ち出してさ、その結果があの村の銅像で、盛りに盛った伝説だ。
 なにが三人は幼馴染の親友だ。二人についた味噌っかすの分際の癖に。
 まぁあいつもあの世でさぞかし留飲を下げているだろうね。英雄になれたということでさ」

 俺は背中に言葉を受け止める。自分に当てられた言葉を避けずに全て受けていた。

「そういうことだ。それがお前のここにおけるその後ってわけだ。虚像としての英雄がいるところだ。
 だからここはお前ではないものがいる場所。
 だけどそれに満足をし、もう帰りな。二度と来るな」

 去る足音が辺りに響いた。遠くに向かって音が鳴っていく。

 その音は止まずまたは振り返ることなく休まずに消えるまで続く、決別そのもののような。

「……あの御婆さんはだれなんですか?」

 ラムザの声に俺は振り返った。二人は苦しげな表情を浮かべていた。

「本家の人だ。俺の親戚の姉さんだな」

「途中からあんたに当ててすごいことを言っていたわね。ああ怖かった。鬼気迫るってああいうことね。
 随分と嫌われていたようだけどさ、ちょっと言い方というのも……」

「いや、あれで正しいよ。姉さんは俺が彷徨う魂として現れたと思ってああしてくれたんだ。
 ちょうど今日は旅立ちの日だったんだろう。だから俺がここにいるのも納得してくれたんだと。
 それにしても二人ともよくもまぁ俺をいない者扱いしてくれたな」

「だっていなくても別に問題ないし。存在が嘘っぽいは撤回しませんからね」

「おいアルマやめろ。ヤヲさんは今のでかなりショックを受けて」

「受けてはいない。むしろああしてくれて助かった。あの人は変わってなかった。
 二人は俺が姉さんに虐げられていたと思ってそうだが、逆だ。俺は本家の男達にいびられていたが、姉さんはむしろ俺を庇ってくれていた。
 あの人は学問があったから、俺に字を教えてくれたり世界を教えてくれたりしてくれて、いつも俺に話すのは旅立ちなさい、だ。そのためにあの日は多めの旅費と荷物をくれた。
 姉さんはなにも言わなかったが、明確にそれが合図だった」

「でもそれって追い出す為でしょ? 方法は違えど要は体のいい追放じゃないの」

「だがそれでいい。最後まで冷たい態度をとってくれたのがありがたいんだ

「なにそれ?」

「そういうこともあるってことだ。ここは俺がいてはいけない場所なんだからな。
 優しくされてはいけないんだ。俺はもう死んでいるのだ、もう忘れてくれてもいいんだ」

「でもあんたの背中は覚えてくれたみたいね」

 アルマの言葉に俺は口を閉じた。

「最後にあんたの背中を見たのってアレクとノイスの旅立ちの日でしょ? みんなは二人の背中を見続けたのに、ひとりだけあんたの背中を見てくれた人がいるってことよね。
 時間が経っても覚えていてくれたのに忘れて欲しいとか、それは言っては駄目でしょ」

 俺はその言葉に沈黙したままあの日のように村の遠景を背にして、また反対側に歩きだした。