「ここだけの話ですが、グラン・ベルンの公式的な歴史には政治的な関与がかなりあると指摘されています」

 公園を去り列車に戻った後に動き出すと同時にラムザが口を開いた。

「ヤヲさんのご指摘のようにジーク二世の王位継承の正統性は怪しいところがあり、フリートに関しての記述はそこを隠す面もあるのかもしれません」

「ラムザさぁ、そんなこと外で言っちゃ絶対に駄目だからね。
 密告されたら強制送還させられるわよ。
 あんたもさっきみたいなことはちゃんと周りに人がいないのを確認してからにしてね」

 アルマの濁声に対し二人は頷くと溜息が返事となった。

「ヤヲさんのグラン・ベルンを守るために裏切った、という推論ですが詳しくお聞かせください」

「……まずジーク様の死であの対魔王戦争は敗戦だった。
 他国がどうとかそういう次元の話ではないはずだ。魔王は勇者でしか倒せないというのが隊の総意だった。
 周りはフォローはできても最後のトドメはさすことができない。
 あの最終決戦に辿り着くまでに世界中の勇者の血が流れていた。その最後の一人がジーク様であり、そして敗れた。
 劣勢の他国とかがどうとかは俺には分からない」

 アルマはなんて返すだろうかと俺は身構えるも、彼女は動じずに静かであり、それから口を開く。

「あんたは他国の歴史もまた自国を擁護するためにそういう記述をしていると言いたいわけ? 
 つまり自分たちの無力さを誤魔化すためにフリートを悪人にしていると?」

「そこまでは言わないが、ジーク様の死が世界に広まった時点で各国はもう戦後処理の段階に入ったと思う。
 フリート様に出来ることは限られている。あの人は戦いにはまるで向かない。
 なら選択肢はよりよき降伏だったのではないのか?」

「ヤヲさんは魔王城の決戦以後のことはご存じないのですよね? 御婆様についてのことも」

 ラムザの問いに俺は目蓋を閉じながら頷く。

「勇者ジークの死は解放軍の敗走となりました。
 御婆様はジーク二世と共に逃走しつづけ祖国であるザク地方を目指しました。
 その途中にあるのがここグラン・ベルン、そして捕縛です」

「待ってくれ。捕まったということはフリート様のご命令ということなのか?」

「そうよ。ここでフリートの裏切りがはっきりしたわけ。やつは解放軍の残党を捕えて魔王に引き渡そうとしたのよ」

 アルマは吐き捨てると俺は反射的に返した。

「保護したんじゃないのか?」

「いいえ、捕えたのよ。現にあの騎士オルガがそこで死んだのよ」

「オルガ様が……」

 俺の呟きに対してアルマは息をひとつ飲み、それから言った。

「そう、死んだのよ! 忠義の騎士であり最古参者であったオルガは僭称王フリートに抗議をし攻撃するもその場で返り討ちに会い斬殺。
 その首は魔王に献上されこれでグラン・ベルンの降伏は本物と認められたわけよ。
 いわば勇者ジークの右腕とも言えた存在を処したわけですものね」

「……オルガ様はフリート様の騎士だ。ジーク様の家臣ではない。
 もっともこれは外部のものからは分かりにくいことではあるがな」

「ああ、そうなりますか、なるほど」

 すぐに合点したラムザと目を見開くアルマ、それを見ながら俺は想像する。

 あの剛直なオルガ様の姿を。フリート様が迷う姿を見る騎士オルガ。

 国を護るべく降伏をするべきだが自分の行為は疑われる。
 ジーク二世と解放軍を匿っているこの状態でどうすればいいのか?

 その悩みはオルガ様にはすぐに察せられた。時間はもうない。
 決断しないとならない。
 そうしたらあの人なら……

「迷うフリート様のためにオルガ様は腹を切った……最強硬派であり幹部の一人であった自分の首を魔王に差し出せばよい。
 それであちらは降伏に納得するしオヴェリアちゃんたちはその戦闘の際に逃走してしまったことにすれば良い」

「想像よね」

 アルマは言った。

「想像だ。だがフリート様とオルガ様の関係を考えるとそうだ。
 オルガ様はフリート様に攻撃などしないし、フリート様がオルガ様を殺すことなどできない。
 むしろ俺はそれを想像できない。まぁこれも想像だが、フリート様はその後の第二次聖戦という出来事の際には降伏はなさらずに戦死なされただろう?」

 アルマは何かを諦めたように溜息をし、それから明るい声で答えた。

「その通りよ。第二次聖戦のグラン・ベルン攻防戦にてフリートは愚かにも籠城戦ではなく野戦を決行。
 陣頭指揮を執り解放軍の姿を見るやいなや、魔王様に歯向かう叛逆者め! と叫びながらなんと単騎先駆けて突撃しこちらも陣頭指揮を執っていたジーク二世も突撃し、史上稀な両軍の指揮官による一騎打ちが勃発するも一刀のもとフリートは袈裟懸けに斬られ戦死、そこからグラン・ベルン軍は総崩れとなり被害は最小限で戦闘は終了した、と。
 これで以ってフリートは大悪党で陰謀家に加えて史上最悪の愚将として天下に名を轟かせたわけよ、まったくもう忙しい男ね!」

「ふっ……面白いな」

 俺が笑うと強張っていた表情のアルマも相好を崩した。

「たしかに、笑えるわねここ」

「劇とかでは人気の場面ですからね。どれだけ憎らしくそして間抜けに演じられるのかがこの役どころですし」

 ラムザが言った。

「ジーク様の御子息に討たれるのなら本望だろう。これで王位は確かに継承させられる。
 約束通り、ちょっと形を変えたが結果は同じだ。あの御方に子はいなかっただろ?」

「ええ、いませんね。フリートの男色は有名ですから。
 もしかしたらそれも後世の創作とでも?」

「いや、あの人は男好きだったぞ。それと少年少女も好きだったな」

「酷くなってるしそのままじゃないの!」

 アルマは叫んだ。

「まぁ子供を可愛がるのが好きだったな。いや、性的な意味ではないぞ。
 男の子も女の子も大事にしていてな。孤児院の設立やら福祉事業を幅広くやっていて。」

「そこだけ聞くと良い人なのに、駄目ね、少年少女をわきに侍らせる悪党のイメージが抜けない」

「まぁあくまでこれは俺の想像だ。
 悪党として名が広まっていてもそれはあの御方の願いでもあっただろう。
 自分の願いが叶ったのなら本望ということだ。
 世間や世界が悪党と言ってもフリート様は俺にとっては英雄だ。
 俺の知っているあの御方は寸分の狂いもなく一貫している。
 世界をグラン・ベルンを救うために戦い続けるという点で、矛盾があってもそれが真実だ。
 たとえ自身が滅び悪名に塗れようとグラン・ベルンが滅びずに存続していることがなによりも優先したかったこと。俺はあの人をそう捉えるよ」

「ならあんたは?」

 アルマは俺を真っ直ぐに見据えながら言った。

「……」

「フリートを通して自分もそうだと言いたいの? それともそうなるかもしれないの?
 この旅を通じて、いつかそれが現れるの?」

 問いに俺は目蓋を閉じようとするも抗った。光りのなか、アルマを見返しながら言った。

「その可能性は無いな。俺には確実な罪がある。
 アグを殺しオヴェリアちゃんの命を狙い続けた。
 思えばアグの苦しみが俺の眼前で甦り、それが正体不明の罪悪感と共に俺を覆っている。だから俺が殺したはずだ」

 その光りのなかでアルマの表情は変わっていないと俺は見た。変わるはずはないんだと、歪むはずはないと。

「罪があるから、闇へと堕ちたんだ。どのみち俺は裁かれないとならない。
 そのために、復活したのだからな」