現在のこの世界へと至るまでのあらましは、こうである。
勇者と魔王がいた。代表的な二人の勇者と一人の魔王が、いた。
一人目の勇者が魔王に敗れたのが第一次聖戦。おおよそ五十年前のことである。
二人目の勇者が魔王に勝利したのが第二次聖戦。父の死から十数年後のことであった。
世界を救うための戦いは二度行われ決戦の主人公となったのが二人の勇者そして数多くの仲間たちである。
その第一次聖戦における勇者ジークの息子である2世が第二次聖戦における勇者であり、その仲間たちもかつて戦ったものたちの血縁者である。
その二つの戦いを通じて参戦したものは数少ない。
第一次聖戦時における魔王城にての決戦で戦力の大半を失い、残ったものの後方に回ったり引退したりまたは途中で戦死をしたりするなかで、二つの聖戦の主力となった数少ない英雄の一人こそがザクの女王である剣星オヴェリア・シャナンであった。
第一次聖戦時では十五歳で参戦しその後も十数年にもわたり戦い続け、第二聖戦時においても主力であり、またジーク2世の育ての義母の一人であった。
軍の最高幹部として世界解放の原動力となった最大功労者の一人となる。
そして彼女繋がりではもう一人。
彼は第一次聖戦においては勇者パーティーにおける初期メンバーであり、地味な存在ながらも戦い続け最後の決戦において活躍し非業の死を遂げた英雄であった、ということが公式の歴史ではあり、しかしながら彼もまた第二次聖戦においても参戦していた。
それは魔王側として、それは敵側として、そして剣星オヴェリアを倒そうとする存在として。
その果てはいまここで解放された世界において生きている。
過去の遺物として時が止った存在として、生きる屍の如くに。
そんな彼は五十年後のいま、故郷に凱旋しようとしている。
人知れず歓迎されず人目を忍び誰にもその正体を明かさずに。
「俺が最後に見た首都バーハラのここはガレキの山だったのに、もうそんなものはどこにもないんだな。
それも当たり前か、五十年前なんだからな」
俺はレストランの窓から外を見ながらそのことを繰り返し言った。
「荒廃し崩壊していたにも拘わらずにここにやってきたジーク様のもとに駆け付けるためにだった。
遠くから歩いてわざわざ上京してな……まさかこんな形で戻ってくるとは。
そしてジーク様の御子息様はいまも御健在とはそれは本当に良かった」
「感傷に耽っているようで悪いけど料理が来たわよ、こっちに戻ってきて」
アルマが言ってくるので俺が振り返ると机の上には餅が並べられていた。
「あんたこれ好きなんでしょ?」
「えっ? ああ好きだがなんで知ってるんだ?」
「だからさぁ……こんなの知っていて当たり前でしょ?」
「まぁ、そうか。そもそもこれが嫌いな人はいないよな」
「そうとも言えるわね」
「うわっ柔らかで熱々、これ出来立てじゃないか。今日は祭日か何かか?」
「平日よ。とんでもなく時代錯誤というか、あんた的には時代に合ったことを言っているようだけど、いちいち驚かれるのもうるさいから少しは黙ってね」
アルマの文句で嫌な気分となるも餅を食べると満足感に包まれた。
「そうか、時代は進むし豊かになるもんだな。こういう豪華なものをいつでも食べれるぐらいに」
「つまりはそういうことですよ。
ヤヲさんにとって勇者ジークの御子息様はイメージ的に今でも子供でしょうが、いまだともう六十手前の御爺様になられますね」
ラムザの言葉に俺は不思議さを覚える。
「五十代ならまだ若いだろ」
「そりゃ時間感覚だけ七十過ぎの男から見たら五十は若いだろうけど、私達二十前から見たら五十も六十も一緒よ一緒のおじさん、いいやお爺さんかも」
「全然違うぞ」
「知らないものの違いなんてわたくしはわかりません! あっお酒きた。あんたこれも好きだったわよね」
目の前に置かれたのは地元の酒、エバンスの酒瓶、それは造り酒屋の息子アレクと大農家の息子ノイスのもの。
自分にとっての酒そのもの。
だがそれは……いまは。
「すまないが、飲まないことにする」
「……そう、別に殊勝な態度だとか私はとらないからね」
「もちろんそれで構わない。これは俺自身のためのものだ。
そちらがどうとか無関係だ」
「じゃあラムザと飲むわね、うわっこれすっごく美味しい! ザクのお酒とは全然違う。研ぎ澄まされた水って感じ。
そうそうこれよ一度飲んでみたかったのよねエバンスのお酒って。
アレクとノイスの二人の心が伝わってくる気がする」
「二人はもう造っていないぞ」
「そんなの分かっているわよ。こういうのはそういうものなの。わからない人ね」
「分からないなぁ」
ラムザが苦笑いしながら咳払いをする。何に対して笑ったのか俺には分からない。
「ここでルールを再確認しましょうか。まずヤヲさん、あなたは死んだこととなっております」
「死んでいるしな」
俺の言葉にアルマが睨み付けてきた。
「無気力なだけでしょ。なんだかさぁ、いい若いもんが枯れましたってみたいで苛々するんだけど」
「あのな俺は」
「はいはいやめてくださいお二人さん。アルマもいちいち突っかからない。
ヤヲさんもムキにならないように。
それで話を戻しますと、そうヤヲさん、あなたの復活はイザークのみのごく内々で留められております。
理由はお分かりでしょうが、これが知れ渡ったら大騒ぎとなりますからね」
「そうだろうな。魔王側に着いた裏切りものである魔戦士が復活しただなんて……お亡くなりになったジーク様にも御子息様にも迷惑がかかるだろう。絶対に内密にしないとな」
「なに言ってんの? 逆よ逆」
アルマはそう言いながら配られたばかりの俺の皿から肉を一切れ盗み取りながら言った。
二つの理解不能なことが同時に起こったために俺はそのどちらにも反応できない。
肉を盗まれたことと逆ってなんだ? そもそもなんで肉を盗むの?
少し間を置いてまずは肉からということで俺が口を開こうとするとラムザが言った。
「そう、逆なんですよ。ヤヲさん、あなたはこのグラン・ベルンでは歴史的な英雄なのです」
また意味不明な言葉が来たため俺は肉のことがどこか遠くへ飛んで行った。
あなたは英雄って、なにを言ってんの? と俺の心はそのことでいっぱい。
「それこそ逆だ。この俺が? どこが英雄なんだ? 長きに渡る敵で裏切り者だろ」
「フフッ無知な人って傍目からすると愉快で憐れね。ねぇちょっとあっち見てよ、そうあの壁」
アルマが指差す方向にには壁画があり、俺が見上げると……その瞬間にまた隙ありとばかりにアルマが肉を一切れ盗んだ。
自分の肉はまだあるのに、盗む。
だって人のものを抓み食いにするのが一番美味しいのですから、と後に語る。旨いものを求めるその心、アルマはとてもグルメでもあった。
さてその絵だが、三人の戦士のものである。
中央に大きな甲冑を着こんだ筋肉質な男にその両側に細身でスマートな戦士が二人。
「この絵がどうした? それにこれは誰なんだ?」
「あんたよ」
アルマは俺から盗んだ肉を食べながら答える。
それ俺の肉じゃ? よりも先に俺はアルマの瞳を見つめる。
アンタという名前なのかこの三人は? アとンとタとでも? そんなはずがない。
この優男な二人は赤と緑でごつめな真ん中のは青色。
いや待てよ? この配色だと……これはもしかして。
「真ん中のが俺ってこと?」
「お分かりになりましたか」
「やっと分かったの」
ラムザとアルマの称賛と軽侮を浴びながら俺は真ん中の男を、見る。
その見知らぬ男を、自分として扱われているその存在を、見つめる。
「だが、似ていないぞ」
「後世に描かれたものですからね」
「いやいやそれにしたって似ていない! というかするとその左右の戦士ってアレクとノイスかよ! これも似てないぞ」
「えーそうなの? 私はアレクの顔が結構好きなんだけど」
アルマの不満声を聴きながら俺を壁画を見る、見続ける。
それにしても……それにしても……。
「なんでこんな絵があるんだ?」
「なんでってあんたはこの二人と親友だからでしょ? 同じ村の出身で勇者ジークのパーティーにこのバーハラで加わって」
「親友? なんだそれ? 俺達はそういう関係では……なかったぞ」
「なに言ってんのよ! あんたたち三人は無二の親友だってこっちは知ってるんだからね!」
「違う! 俺は……そんなんじゃない」
勇者と魔王がいた。代表的な二人の勇者と一人の魔王が、いた。
一人目の勇者が魔王に敗れたのが第一次聖戦。おおよそ五十年前のことである。
二人目の勇者が魔王に勝利したのが第二次聖戦。父の死から十数年後のことであった。
世界を救うための戦いは二度行われ決戦の主人公となったのが二人の勇者そして数多くの仲間たちである。
その第一次聖戦における勇者ジークの息子である2世が第二次聖戦における勇者であり、その仲間たちもかつて戦ったものたちの血縁者である。
その二つの戦いを通じて参戦したものは数少ない。
第一次聖戦時における魔王城にての決戦で戦力の大半を失い、残ったものの後方に回ったり引退したりまたは途中で戦死をしたりするなかで、二つの聖戦の主力となった数少ない英雄の一人こそがザクの女王である剣星オヴェリア・シャナンであった。
第一次聖戦時では十五歳で参戦しその後も十数年にもわたり戦い続け、第二聖戦時においても主力であり、またジーク2世の育ての義母の一人であった。
軍の最高幹部として世界解放の原動力となった最大功労者の一人となる。
そして彼女繋がりではもう一人。
彼は第一次聖戦においては勇者パーティーにおける初期メンバーであり、地味な存在ながらも戦い続け最後の決戦において活躍し非業の死を遂げた英雄であった、ということが公式の歴史ではあり、しかしながら彼もまた第二次聖戦においても参戦していた。
それは魔王側として、それは敵側として、そして剣星オヴェリアを倒そうとする存在として。
その果てはいまここで解放された世界において生きている。
過去の遺物として時が止った存在として、生きる屍の如くに。
そんな彼は五十年後のいま、故郷に凱旋しようとしている。
人知れず歓迎されず人目を忍び誰にもその正体を明かさずに。
「俺が最後に見た首都バーハラのここはガレキの山だったのに、もうそんなものはどこにもないんだな。
それも当たり前か、五十年前なんだからな」
俺はレストランの窓から外を見ながらそのことを繰り返し言った。
「荒廃し崩壊していたにも拘わらずにここにやってきたジーク様のもとに駆け付けるためにだった。
遠くから歩いてわざわざ上京してな……まさかこんな形で戻ってくるとは。
そしてジーク様の御子息様はいまも御健在とはそれは本当に良かった」
「感傷に耽っているようで悪いけど料理が来たわよ、こっちに戻ってきて」
アルマが言ってくるので俺が振り返ると机の上には餅が並べられていた。
「あんたこれ好きなんでしょ?」
「えっ? ああ好きだがなんで知ってるんだ?」
「だからさぁ……こんなの知っていて当たり前でしょ?」
「まぁ、そうか。そもそもこれが嫌いな人はいないよな」
「そうとも言えるわね」
「うわっ柔らかで熱々、これ出来立てじゃないか。今日は祭日か何かか?」
「平日よ。とんでもなく時代錯誤というか、あんた的には時代に合ったことを言っているようだけど、いちいち驚かれるのもうるさいから少しは黙ってね」
アルマの文句で嫌な気分となるも餅を食べると満足感に包まれた。
「そうか、時代は進むし豊かになるもんだな。こういう豪華なものをいつでも食べれるぐらいに」
「つまりはそういうことですよ。
ヤヲさんにとって勇者ジークの御子息様はイメージ的に今でも子供でしょうが、いまだともう六十手前の御爺様になられますね」
ラムザの言葉に俺は不思議さを覚える。
「五十代ならまだ若いだろ」
「そりゃ時間感覚だけ七十過ぎの男から見たら五十は若いだろうけど、私達二十前から見たら五十も六十も一緒よ一緒のおじさん、いいやお爺さんかも」
「全然違うぞ」
「知らないものの違いなんてわたくしはわかりません! あっお酒きた。あんたこれも好きだったわよね」
目の前に置かれたのは地元の酒、エバンスの酒瓶、それは造り酒屋の息子アレクと大農家の息子ノイスのもの。
自分にとっての酒そのもの。
だがそれは……いまは。
「すまないが、飲まないことにする」
「……そう、別に殊勝な態度だとか私はとらないからね」
「もちろんそれで構わない。これは俺自身のためのものだ。
そちらがどうとか無関係だ」
「じゃあラムザと飲むわね、うわっこれすっごく美味しい! ザクのお酒とは全然違う。研ぎ澄まされた水って感じ。
そうそうこれよ一度飲んでみたかったのよねエバンスのお酒って。
アレクとノイスの二人の心が伝わってくる気がする」
「二人はもう造っていないぞ」
「そんなの分かっているわよ。こういうのはそういうものなの。わからない人ね」
「分からないなぁ」
ラムザが苦笑いしながら咳払いをする。何に対して笑ったのか俺には分からない。
「ここでルールを再確認しましょうか。まずヤヲさん、あなたは死んだこととなっております」
「死んでいるしな」
俺の言葉にアルマが睨み付けてきた。
「無気力なだけでしょ。なんだかさぁ、いい若いもんが枯れましたってみたいで苛々するんだけど」
「あのな俺は」
「はいはいやめてくださいお二人さん。アルマもいちいち突っかからない。
ヤヲさんもムキにならないように。
それで話を戻しますと、そうヤヲさん、あなたの復活はイザークのみのごく内々で留められております。
理由はお分かりでしょうが、これが知れ渡ったら大騒ぎとなりますからね」
「そうだろうな。魔王側に着いた裏切りものである魔戦士が復活しただなんて……お亡くなりになったジーク様にも御子息様にも迷惑がかかるだろう。絶対に内密にしないとな」
「なに言ってんの? 逆よ逆」
アルマはそう言いながら配られたばかりの俺の皿から肉を一切れ盗み取りながら言った。
二つの理解不能なことが同時に起こったために俺はそのどちらにも反応できない。
肉を盗まれたことと逆ってなんだ? そもそもなんで肉を盗むの?
少し間を置いてまずは肉からということで俺が口を開こうとするとラムザが言った。
「そう、逆なんですよ。ヤヲさん、あなたはこのグラン・ベルンでは歴史的な英雄なのです」
また意味不明な言葉が来たため俺は肉のことがどこか遠くへ飛んで行った。
あなたは英雄って、なにを言ってんの? と俺の心はそのことでいっぱい。
「それこそ逆だ。この俺が? どこが英雄なんだ? 長きに渡る敵で裏切り者だろ」
「フフッ無知な人って傍目からすると愉快で憐れね。ねぇちょっとあっち見てよ、そうあの壁」
アルマが指差す方向にには壁画があり、俺が見上げると……その瞬間にまた隙ありとばかりにアルマが肉を一切れ盗んだ。
自分の肉はまだあるのに、盗む。
だって人のものを抓み食いにするのが一番美味しいのですから、と後に語る。旨いものを求めるその心、アルマはとてもグルメでもあった。
さてその絵だが、三人の戦士のものである。
中央に大きな甲冑を着こんだ筋肉質な男にその両側に細身でスマートな戦士が二人。
「この絵がどうした? それにこれは誰なんだ?」
「あんたよ」
アルマは俺から盗んだ肉を食べながら答える。
それ俺の肉じゃ? よりも先に俺はアルマの瞳を見つめる。
アンタという名前なのかこの三人は? アとンとタとでも? そんなはずがない。
この優男な二人は赤と緑でごつめな真ん中のは青色。
いや待てよ? この配色だと……これはもしかして。
「真ん中のが俺ってこと?」
「お分かりになりましたか」
「やっと分かったの」
ラムザとアルマの称賛と軽侮を浴びながら俺は真ん中の男を、見る。
その見知らぬ男を、自分として扱われているその存在を、見つめる。
「だが、似ていないぞ」
「後世に描かれたものですからね」
「いやいやそれにしたって似ていない! というかするとその左右の戦士ってアレクとノイスかよ! これも似てないぞ」
「えーそうなの? 私はアレクの顔が結構好きなんだけど」
アルマの不満声を聴きながら俺を壁画を見る、見続ける。
それにしても……それにしても……。
「なんでこんな絵があるんだ?」
「なんでってあんたはこの二人と親友だからでしょ? 同じ村の出身で勇者ジークのパーティーにこのバーハラで加わって」
「親友? なんだそれ? 俺達はそういう関係では……なかったぞ」
「なに言ってんのよ! あんたたち三人は無二の親友だってこっちは知ってるんだからね!」
「違う! 俺は……そんなんじゃない」


