「尚紀さん、今日……付き合ってもらってもいい?」

朝食を終えた後、咲がコーヒーを飲みながら言った。

「もちろん。……何かあった?」

「実は、ウェディングドレスの試着が今日からなんです。式場の提携先で予約してて……」

「ああ、それなら俺も一緒に行きたい」

咲は思わず吹き出した。

「女の子の試着って、けっこう時間かかるんですよ?」

「構わない。むしろ、ずっと見てたい」

「尚紀さん……!」

けれど、その真剣すぎる表情に、咲は顔を赤らめながら頷いた。

午後、提携ドレスショップにて。

純白の空間には、ふわりと光が降り注いでいる。

咲は担当スタッフに案内され、いくつかのドレスを試着していった。

ビスチェタイプのAライン。
袖のあるクラシカルなもの。
レースが繊細なマーメイドライン。

どれも美しくて、選びきれなかった。

そして——

「これが、おすすめの一着です」

スタッフが差し出したのは、胸元からふわりと広がるプリンセスラインのドレス。

シンプルながら、チュールの重なりと繊細なビーズ装飾が光を受けて美しく揺れる。

(……これ、綺麗)

咲が試着室で着替え、ヴェールをセットされ、姿見の前に立った瞬間——

「……!」

尚紀が、息を呑む音が聞こえた。

ゆっくりとカーテンを開け、咲が姿を現すと、彼はしばらく言葉を失っていた。

「咲……すごい……」

「え、へ、変じゃないですか……?」

「変なわけ、ない」

尚紀は、静かに咲に近づき、まるで宝物を見るような目で見つめた。

「今までで……一番、綺麗だよ。たぶん、俺……一生分の言葉を失った」

「そ、そんな……大げさです」

「本気。今すぐ抱きしめたいくらい、綺麗だ」

「……ばか」

咲は照れ笑いを浮かべながらも、頬が真っ赤だった。

スタッフがそっと離れてふたりきりになると、尚紀は咲の手を取って、静かに言った。

「咲。……こうやってドレス姿を見ると、やっと“現実なんだ”って思える」

「私も。今までは、守ってもらうばかりで……ちゃんと“妻”になれてるのか不安だった」

「君は、最初から俺のすべてだったよ」

咲はその言葉に、自然と目が潤んだ。

「結婚式、楽しみですね」

「うん。でも……それだけじゃない」

尚紀は、咲の手を自分の胸元に添えた。

「これから先、君がどんな人生を選んでも——俺はその隣にいたい」

「それって……?」

「家を守るだけじゃない。君が仕事をしたいなら応援するし、御手洗家としての活動も、好きにやってほしい」

「尚紀さん……」

「ただ、ひとつだけ。どんな未来も、君と“ふたりで”歩んでいたい。それが俺の覚悟」

咲の胸がじんと熱くなる。

(この人は、本当に……全力で、私と未来を作ろうとしてくれてる)

「……ありがとう。じゃあ、私も約束します」

「約束?」

「どんな未来でも、尚紀さんの隣で笑ってます。泣くときもあるかもしれないけど……絶対に離れない」

「……言ったな?」

「言いました」

尚紀は、いたずらっぽく笑って、そっと咲の額にキスを落とした。

「じゃあ、離れられないようにしとく」

「えっ?」

「式の日、誓いのキスで。逃げられないように、世界一濃いやつ、かますから」

「も、もう!そんなこと、式の前に言わないでください!」

咲は顔を真っ赤にして笑った。

その夜。

帰宅後、ドレスの写真を見返していた咲は、尚紀にぽつりと呟いた。

「ねえ。……私、本当に“お嫁さん”になるんだね」

「なるんじゃない。もう、なってるよ」

「……うん」

「でも、君が“そう思える”ことが大事だと思ってる。だから、今日ドレス姿を見て、俺もすごく安心した」

咲は頷き、そして尚紀の胸に顔を埋めた。

「大丈夫。あなたの奥さんになる覚悟、ちゃんとできてるから」

尚紀は、咲の髪を撫でながら、優しく言った。

「——俺の方こそ。“この人の夫でいられること”が、何よりの誇りだよ」

それは、偽りも飾りもない、真実の言葉だった。