その日、朝比奈本社に一通の“内部告発文書”が送られてきた。
差出人は不明。だが、内容は明確だった。
《朝比奈尚紀社長は、御手洗家との結婚を“企業連携のための契約”として利用している可能性がある——》
内容は明らかに、尚紀と咲の“契約結婚”に触れていた。
あくまで婉曲に、それでいて“印象操作”として効果的な言葉で構成されている。
文末には、取引先や主要株主にも同様の文書が送られていることを示唆する一文もあった。
「……やられたな」
尚紀は、デスクにその文書を叩きつけるように置いた。
「完全に狙ってる。俺の立場を揺さぶり、“この結婚が偽りである”という印象を植えつけようとしてる」
「御手洗分家の仕業でしょうか?」
秘書の佐伯が慎重に尋ねると、尚紀は即答した。
「いや。——義母と、その兄・康臣の仕掛けだ」
その頃、御手洗分家の一室では、義母と康臣が静かに話をしていた。
「どうやら、仕掛けた“火種”は届いたようです」
康臣が淡々と語る。
「尚紀の信頼にヒビが入れば、咲の立場も揺らぐ。“後継者としての器”を疑う声が上がるだろう」
義母は、すました顔のまま頷いた。
「咲が“守られているだけの妻”でしかないと印象づけられれば、分家たちは自然と真白に目を向けるはず」
「外堀を崩せ。中身は後からどうにでもなる」
二人の策略は、着実に動き始めていた。
その晩、咲もまた、“契約結婚”に関する内容がネットに掲載されたことを知った。
メールには、匿名の記者からの問い合わせも届いていた。
《結婚は両家の利害一致による“取り決め”だったと聞いておりますが、事実でしょうか?》
咲は、スマホの画面を見つめたまま、じっと動けなかった。
(今になって、どうして……)
そんな彼女のもとに、尚紀が帰宅した。
「聞いたよ。もうネットでも広がり始めてる」
「……私たちが、“本気じゃない”って思われてる……?」
尚紀は咲の隣に腰を下ろし、画面を覗き込む。
「事実の一部を、あえて曲げて出してきてる。“最初は契約だった”という点だけ切り取って、“今も偽りの関係だ”と印象づけてる」
咲の胸が、ずしんと重くなる。
「どうしよう……私、御手洗を継ぐどころか、みんなの信頼を失っちゃう……?」
「そんなこと、させない」
尚紀の声が、いつも以上に強かった。
「これは、“俺”への攻撃だ。でも同時に、“お前を守れない男”という印象を植えつけようとしている。許さない」
「でも、事実は事実よね……。最初は、本当に契約だったし……」
「だったら、その“事実の続きを”見せてやればいい」
尚紀が咲の手を取り、真っ直ぐに見つめる。
「最初は“契約”でも、今は違う。俺たちは、“本気で夫婦になった”って、行動で証明すればいい」
「……どうやって?」
「明日、記者会見を開く」
咲の目が大きく見開かれる。
「きちんと、自分の口で話す。どれだけ“契約”という形から始まったとしても、今の俺たちはそれを超えている。そう宣言する」
「……本当に、いいの?」
「もちろんだ。俺はもう、逃げる気はない。お前が自分の足で立とうとしてるのに、俺が隠れてたら意味がないだろ?」
咲はぎゅっと尚紀の手を握り返した。
「……ありがとう。私、怖かったけど、尚紀さんがそう言ってくれるなら……」
「どんな矢でも受けてやる。その代わり、隣にはいてくれ」
咲はうなずいた。
「うん。絶対に、離れない」
一方、義母は尚紀の“対応の速さ”に眉をひそめていた。
「……明日、会見を開くそうです」
秘書からの報告を受け、康臣は皮肉げに笑った。
「あれだけ早く動くとは。だが、あくまで“言葉”にすぎない。会見で“心からの愛”を示せるものか……」
義母は少し目を伏せる。
(尚紀さん……あなたが、どこまで“本気”で咲に向き合っているのか、見せてもらいましょう)
揺れる感情を飲み込み、義母は紅茶を口にした。
会見当日。
咲は控室で深く息を吸い込んだ。
緊張はしている。けれど、不思議と足は震えなかった。
「……尚紀さんとなら、大丈夫」
ふたりで並んで立つその姿が、これからどんな波を超えていくか——
まだ誰も知らない。
差出人は不明。だが、内容は明確だった。
《朝比奈尚紀社長は、御手洗家との結婚を“企業連携のための契約”として利用している可能性がある——》
内容は明らかに、尚紀と咲の“契約結婚”に触れていた。
あくまで婉曲に、それでいて“印象操作”として効果的な言葉で構成されている。
文末には、取引先や主要株主にも同様の文書が送られていることを示唆する一文もあった。
「……やられたな」
尚紀は、デスクにその文書を叩きつけるように置いた。
「完全に狙ってる。俺の立場を揺さぶり、“この結婚が偽りである”という印象を植えつけようとしてる」
「御手洗分家の仕業でしょうか?」
秘書の佐伯が慎重に尋ねると、尚紀は即答した。
「いや。——義母と、その兄・康臣の仕掛けだ」
その頃、御手洗分家の一室では、義母と康臣が静かに話をしていた。
「どうやら、仕掛けた“火種”は届いたようです」
康臣が淡々と語る。
「尚紀の信頼にヒビが入れば、咲の立場も揺らぐ。“後継者としての器”を疑う声が上がるだろう」
義母は、すました顔のまま頷いた。
「咲が“守られているだけの妻”でしかないと印象づけられれば、分家たちは自然と真白に目を向けるはず」
「外堀を崩せ。中身は後からどうにでもなる」
二人の策略は、着実に動き始めていた。
その晩、咲もまた、“契約結婚”に関する内容がネットに掲載されたことを知った。
メールには、匿名の記者からの問い合わせも届いていた。
《結婚は両家の利害一致による“取り決め”だったと聞いておりますが、事実でしょうか?》
咲は、スマホの画面を見つめたまま、じっと動けなかった。
(今になって、どうして……)
そんな彼女のもとに、尚紀が帰宅した。
「聞いたよ。もうネットでも広がり始めてる」
「……私たちが、“本気じゃない”って思われてる……?」
尚紀は咲の隣に腰を下ろし、画面を覗き込む。
「事実の一部を、あえて曲げて出してきてる。“最初は契約だった”という点だけ切り取って、“今も偽りの関係だ”と印象づけてる」
咲の胸が、ずしんと重くなる。
「どうしよう……私、御手洗を継ぐどころか、みんなの信頼を失っちゃう……?」
「そんなこと、させない」
尚紀の声が、いつも以上に強かった。
「これは、“俺”への攻撃だ。でも同時に、“お前を守れない男”という印象を植えつけようとしている。許さない」
「でも、事実は事実よね……。最初は、本当に契約だったし……」
「だったら、その“事実の続きを”見せてやればいい」
尚紀が咲の手を取り、真っ直ぐに見つめる。
「最初は“契約”でも、今は違う。俺たちは、“本気で夫婦になった”って、行動で証明すればいい」
「……どうやって?」
「明日、記者会見を開く」
咲の目が大きく見開かれる。
「きちんと、自分の口で話す。どれだけ“契約”という形から始まったとしても、今の俺たちはそれを超えている。そう宣言する」
「……本当に、いいの?」
「もちろんだ。俺はもう、逃げる気はない。お前が自分の足で立とうとしてるのに、俺が隠れてたら意味がないだろ?」
咲はぎゅっと尚紀の手を握り返した。
「……ありがとう。私、怖かったけど、尚紀さんがそう言ってくれるなら……」
「どんな矢でも受けてやる。その代わり、隣にはいてくれ」
咲はうなずいた。
「うん。絶対に、離れない」
一方、義母は尚紀の“対応の速さ”に眉をひそめていた。
「……明日、会見を開くそうです」
秘書からの報告を受け、康臣は皮肉げに笑った。
「あれだけ早く動くとは。だが、あくまで“言葉”にすぎない。会見で“心からの愛”を示せるものか……」
義母は少し目を伏せる。
(尚紀さん……あなたが、どこまで“本気”で咲に向き合っているのか、見せてもらいましょう)
揺れる感情を飲み込み、義母は紅茶を口にした。
会見当日。
咲は控室で深く息を吸い込んだ。
緊張はしている。けれど、不思議と足は震えなかった。
「……尚紀さんとなら、大丈夫」
ふたりで並んで立つその姿が、これからどんな波を超えていくか——
まだ誰も知らない。



