「今日の予定、午後からは入れてない。夕方から一緒に出かけよう」
朝、食卓でそう告げられたとき、咲は思わずきょとんとした顔になった。
「出かけるって……どこへ?」
「それは、着いてからのお楽しみ」
尚紀はいつものように涼しい顔でコーヒーを口に運ぶ。
「俺が全部手配してある。だから、何も考えなくていい」
「えっ、そんな……! でも、会社の仕事は?」
「段取り済み。今日と明日は咲のために使う。文句ある?」
「……ありませんけど……!」
尚紀の予告は、やがて現実になった。
到着したのは、都心から車で一時間ほどのラグジュアリーホテルだった。
プライベート感に溢れた静かな場所で、完全予約制のスイートルーム。
一面ガラス張りの窓からは、美しい夜景が一望できる。
「え……すごい……!」
咲が思わずため息のように漏らすと、尚紀は隣で満足そうに頷いた。
「“君をわがままに甘やかす日”って、俺の中では決まってた」
「そんな日があるなんて、聞いてません」
「だからサプライズだって」
「……尚紀さんって、本当にこういうところ完璧ですよね」
「当然。君のことになると、抜かりなくしたくなる」
不意に向けられる熱を帯びた視線に、咲の胸が高鳴った。
「……私、こんな贅沢、してもらっていいのかな」
「いいに決まってる」
尚紀は咲の手を取り、そっと唇を寄せる。
「“君を大切にする”って約束したのは俺だ。どれだけ尽くしても足りないくらいだと思ってる」
「そんなふうに言わないで。……もったいないくらいです」
「じゃあ、その分、ちゃんと甘えて」
尚紀の声は優しく、どこまでも深い。
咲は思わず目を伏せて、小さく頷いた。
ディナーは、部屋に併設されたダイニングでのフルコース。
一皿ごとに運ばれてくる料理はどれも美しく、咲の頬がほころぶ。
「美味しい……」
「気に入った?」
「うん。……尚紀さんと食べると、どんな味でも、もっと美味しく感じる」
「それは嬉しいな。……君が笑ってくれるだけで、報われる」
何気ない言葉のやりとり。けれど、それがどこまでも幸せだった。
(こうして過ごす時間が、私には……特別なんだ)
(契約でも、取り決めでもない。ただ、尚紀さんと“夫婦”として過ごしてる)
そのことが、どんな言葉よりも咲の心をあたためていた。
食後、リビングでワインを飲みながらくつろいでいると、尚紀がぽつりと口を開いた。
「……実は、前から思ってたことがある」
「え?」
「結婚って、“書類上のこと”って考える人、多いだろ。でも俺にとっては違う。君との関係は、“人生”なんだ」
咲は目を見開いた。
「最初は“契約”だったかもしれない。でも今は、そうじゃない。俺は本気で、君と人生を共にしたいと思ってる」
その言葉に、咲の胸がぎゅっと締めつけられた。
「私も……。そう思ってる」
「なら、もう何も不安になる必要はない」
尚紀がそっと咲を引き寄せ、膝の上に抱き寄せる。
「……君は、俺の妻。名前だけじゃない、心からの意味で」
耳元で囁かれたその言葉に、咲はそっと腕を回した。
「……尚紀さん、好きです」
「俺も。溺れるくらい、愛してる」
優しく唇が触れ合う。
けれど、そこには焦りも衝動もなかった。
ただ、お互いを大切にしようとする思いだけが、やわらかく絡まっていく。
その夜、ベッドに並んで横たわるふたり。
尚紀が、ゆっくりと咲の髪を撫でながら言った。
「明日、もう少し遠回りして帰ろうか。……二人だけで、海でも見てから戻ろう」
「……いいな、海。久しぶりに見たい」
「君が行きたいところなら、どこでもいい」
「それなら……」
咲は迷ったあと、ぽつりと呟いた。
「昔行った、あの避暑地に寄りたい」
尚紀の手がぴたりと止まる。
「……あそこに?」
「うん。……思い出すのが、まだ少し怖い気もするけど。でも、今ならもっとちゃんと向き合える気がするの」
尚紀は、そっと咲の肩を引き寄せた。
「……一緒に行こう。俺も、あそこにもう一度行きたいと思ってた」
咲の心が、静かに満たされていく。
(逃げるんじゃなくて、向き合う)
(それができるのは、尚紀さんが隣にいてくれるから)
夜の闇に包まれながら、ふたりの未来が、少しずつ形になっていくのを感じていた。
朝、食卓でそう告げられたとき、咲は思わずきょとんとした顔になった。
「出かけるって……どこへ?」
「それは、着いてからのお楽しみ」
尚紀はいつものように涼しい顔でコーヒーを口に運ぶ。
「俺が全部手配してある。だから、何も考えなくていい」
「えっ、そんな……! でも、会社の仕事は?」
「段取り済み。今日と明日は咲のために使う。文句ある?」
「……ありませんけど……!」
尚紀の予告は、やがて現実になった。
到着したのは、都心から車で一時間ほどのラグジュアリーホテルだった。
プライベート感に溢れた静かな場所で、完全予約制のスイートルーム。
一面ガラス張りの窓からは、美しい夜景が一望できる。
「え……すごい……!」
咲が思わずため息のように漏らすと、尚紀は隣で満足そうに頷いた。
「“君をわがままに甘やかす日”って、俺の中では決まってた」
「そんな日があるなんて、聞いてません」
「だからサプライズだって」
「……尚紀さんって、本当にこういうところ完璧ですよね」
「当然。君のことになると、抜かりなくしたくなる」
不意に向けられる熱を帯びた視線に、咲の胸が高鳴った。
「……私、こんな贅沢、してもらっていいのかな」
「いいに決まってる」
尚紀は咲の手を取り、そっと唇を寄せる。
「“君を大切にする”って約束したのは俺だ。どれだけ尽くしても足りないくらいだと思ってる」
「そんなふうに言わないで。……もったいないくらいです」
「じゃあ、その分、ちゃんと甘えて」
尚紀の声は優しく、どこまでも深い。
咲は思わず目を伏せて、小さく頷いた。
ディナーは、部屋に併設されたダイニングでのフルコース。
一皿ごとに運ばれてくる料理はどれも美しく、咲の頬がほころぶ。
「美味しい……」
「気に入った?」
「うん。……尚紀さんと食べると、どんな味でも、もっと美味しく感じる」
「それは嬉しいな。……君が笑ってくれるだけで、報われる」
何気ない言葉のやりとり。けれど、それがどこまでも幸せだった。
(こうして過ごす時間が、私には……特別なんだ)
(契約でも、取り決めでもない。ただ、尚紀さんと“夫婦”として過ごしてる)
そのことが、どんな言葉よりも咲の心をあたためていた。
食後、リビングでワインを飲みながらくつろいでいると、尚紀がぽつりと口を開いた。
「……実は、前から思ってたことがある」
「え?」
「結婚って、“書類上のこと”って考える人、多いだろ。でも俺にとっては違う。君との関係は、“人生”なんだ」
咲は目を見開いた。
「最初は“契約”だったかもしれない。でも今は、そうじゃない。俺は本気で、君と人生を共にしたいと思ってる」
その言葉に、咲の胸がぎゅっと締めつけられた。
「私も……。そう思ってる」
「なら、もう何も不安になる必要はない」
尚紀がそっと咲を引き寄せ、膝の上に抱き寄せる。
「……君は、俺の妻。名前だけじゃない、心からの意味で」
耳元で囁かれたその言葉に、咲はそっと腕を回した。
「……尚紀さん、好きです」
「俺も。溺れるくらい、愛してる」
優しく唇が触れ合う。
けれど、そこには焦りも衝動もなかった。
ただ、お互いを大切にしようとする思いだけが、やわらかく絡まっていく。
その夜、ベッドに並んで横たわるふたり。
尚紀が、ゆっくりと咲の髪を撫でながら言った。
「明日、もう少し遠回りして帰ろうか。……二人だけで、海でも見てから戻ろう」
「……いいな、海。久しぶりに見たい」
「君が行きたいところなら、どこでもいい」
「それなら……」
咲は迷ったあと、ぽつりと呟いた。
「昔行った、あの避暑地に寄りたい」
尚紀の手がぴたりと止まる。
「……あそこに?」
「うん。……思い出すのが、まだ少し怖い気もするけど。でも、今ならもっとちゃんと向き合える気がするの」
尚紀は、そっと咲の肩を引き寄せた。
「……一緒に行こう。俺も、あそこにもう一度行きたいと思ってた」
咲の心が、静かに満たされていく。
(逃げるんじゃなくて、向き合う)
(それができるのは、尚紀さんが隣にいてくれるから)
夜の闇に包まれながら、ふたりの未来が、少しずつ形になっていくのを感じていた。



