尚紀が出勤していったあとも、咲はしばらくベッドに座ったまま、胸に手を当てていた。
(あんなふうに言われて……嬉しくないはずがない)
「俺をどこまで本気にさせる気だ」なんて。
そんな言葉、軽々しく言える人じゃない。
だからこそ、その一言が、咲の心に強く残っていた。
——思い出してくれて、ありがとう。
尚紀の声が、昨夜の余韻として耳に残る。
(私が記憶を取り戻さなかったら……ずっと、冷静なままだったのかな)
ふと、胸の奥が少し痛んだ。
でも今、彼の言葉は優しくて、熱を帯びていて、確かに——“好き”を伝えてくれている。
その想いが嬉しくて、でもまだ怖くて。
咲はゆっくりと深呼吸した。
その日の夜。
尚紀が帰宅すると、咲はリビングで本を読んでいた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
自然なやり取り。だけど、その空気にほんのりと甘さが漂っているのは、きっと気のせいじゃない。
尚紀が上着を脱ぎ、ソファに座ると、咲の隣にそっと小さなケースを置いた。
「これ、渡してなかったな」
「……?」
咲が目を瞬かせながら箱を開けると、中にはシンプルで上品なデザインのプラチナリングが入っていた。
小ぶりなダイヤがひとつだけ、きらりと光っている。
「……これって」
「咲に似合うと思って、選んだ」
尚紀は、ごく自然な口調で言った。
「結婚指輪。契約とかじゃなくて、“俺が君に贈りたい”と思って用意したやつ」
「……本当に、私に?」
「他に誰がいる」
冗談めかした声。でもその目は、どこまでも真剣だった。
「咲。俺は——“形”じゃなく、“心”でこの結婚を受け入れてる。最初から」
咲の喉がきゅっと締まる。
「記憶のことも、約束のことも、全部思い出してくれて……やっと、これを渡せると思った」
そう言って、尚紀は咲の左手を取る。
薬指に、指輪をそっと滑らせるその動作が、まるで儀式のように丁寧だった。
「似合ってる」
「……こんなに、綺麗なのに」
咲は小さく呟く。
「私に、ふさわしいのかな」
「ふさわしいに決まってる」
尚紀の言葉には、少しも迷いがなかった。
「君の指に、これ以上に似合うものなんて、他に思いつかない」
咲の胸がきゅっと締め付けられる。
「……ありがとう」
「昨日も聞いたな、それ」
ふっと笑う尚紀。
「ありがとうじゃなくて、何か他の言葉が聞きたいな」
咲はそっと指輪を見つめたあと、尚紀をまっすぐ見上げた。
「……大切にするね」
それが今の咲の、精一杯だった。
その夜は、ふたりとも自然と同じベッドに入った。
身体を寄せ合って、心の距離も少しずつ近づいていくような——そんな時間。
咲が尚紀の胸に顔を埋めると、彼の手が優しく背中を撫でた。
「……ねえ、尚紀さん」
「ん?」
「私たち、これからどうなっていくのかな」
「どうなりたい?」
「……わからない。でも、こうして一緒にいると、未来のこと……考えてもいいのかなって」
尚紀の動きが一瞬止まり、そしてそっと咲の髪にキスを落とした。
「考えてくれて、嬉しいよ」
「……尚紀さんは?」
「俺は、最初から決めてる。“君といる”って」
咲の心が、じんわりと熱を持つ。
「——もう一度出会えたのは、奇跡だと思ってる」
「尚紀さん……」
「君に忘れられててもいいと思ってた。ただ、生きていてくれたら。それだけで、もう十分だった」
咲は、尚紀の胸にぎゅっと抱きついた。
「……思い出せて、よかった。尚紀さんが、私の初恋で、今も変わらず好きでいてくれているって、分かって……ほんとに、よかった」
その瞬間、尚紀の腕に、ぐっと力がこもった。
「もう、二度と離さないからな」
低く、静かな声。
けれどそれは、誓いのように——強く、揺るぎなかった。
指に通された指輪は、ずっとそこにある。
それはただの装飾じゃない。
咲にとって、今やっと手にした“確かな愛の証”だった。
(あんなふうに言われて……嬉しくないはずがない)
「俺をどこまで本気にさせる気だ」なんて。
そんな言葉、軽々しく言える人じゃない。
だからこそ、その一言が、咲の心に強く残っていた。
——思い出してくれて、ありがとう。
尚紀の声が、昨夜の余韻として耳に残る。
(私が記憶を取り戻さなかったら……ずっと、冷静なままだったのかな)
ふと、胸の奥が少し痛んだ。
でも今、彼の言葉は優しくて、熱を帯びていて、確かに——“好き”を伝えてくれている。
その想いが嬉しくて、でもまだ怖くて。
咲はゆっくりと深呼吸した。
その日の夜。
尚紀が帰宅すると、咲はリビングで本を読んでいた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
自然なやり取り。だけど、その空気にほんのりと甘さが漂っているのは、きっと気のせいじゃない。
尚紀が上着を脱ぎ、ソファに座ると、咲の隣にそっと小さなケースを置いた。
「これ、渡してなかったな」
「……?」
咲が目を瞬かせながら箱を開けると、中にはシンプルで上品なデザインのプラチナリングが入っていた。
小ぶりなダイヤがひとつだけ、きらりと光っている。
「……これって」
「咲に似合うと思って、選んだ」
尚紀は、ごく自然な口調で言った。
「結婚指輪。契約とかじゃなくて、“俺が君に贈りたい”と思って用意したやつ」
「……本当に、私に?」
「他に誰がいる」
冗談めかした声。でもその目は、どこまでも真剣だった。
「咲。俺は——“形”じゃなく、“心”でこの結婚を受け入れてる。最初から」
咲の喉がきゅっと締まる。
「記憶のことも、約束のことも、全部思い出してくれて……やっと、これを渡せると思った」
そう言って、尚紀は咲の左手を取る。
薬指に、指輪をそっと滑らせるその動作が、まるで儀式のように丁寧だった。
「似合ってる」
「……こんなに、綺麗なのに」
咲は小さく呟く。
「私に、ふさわしいのかな」
「ふさわしいに決まってる」
尚紀の言葉には、少しも迷いがなかった。
「君の指に、これ以上に似合うものなんて、他に思いつかない」
咲の胸がきゅっと締め付けられる。
「……ありがとう」
「昨日も聞いたな、それ」
ふっと笑う尚紀。
「ありがとうじゃなくて、何か他の言葉が聞きたいな」
咲はそっと指輪を見つめたあと、尚紀をまっすぐ見上げた。
「……大切にするね」
それが今の咲の、精一杯だった。
その夜は、ふたりとも自然と同じベッドに入った。
身体を寄せ合って、心の距離も少しずつ近づいていくような——そんな時間。
咲が尚紀の胸に顔を埋めると、彼の手が優しく背中を撫でた。
「……ねえ、尚紀さん」
「ん?」
「私たち、これからどうなっていくのかな」
「どうなりたい?」
「……わからない。でも、こうして一緒にいると、未来のこと……考えてもいいのかなって」
尚紀の動きが一瞬止まり、そしてそっと咲の髪にキスを落とした。
「考えてくれて、嬉しいよ」
「……尚紀さんは?」
「俺は、最初から決めてる。“君といる”って」
咲の心が、じんわりと熱を持つ。
「——もう一度出会えたのは、奇跡だと思ってる」
「尚紀さん……」
「君に忘れられててもいいと思ってた。ただ、生きていてくれたら。それだけで、もう十分だった」
咲は、尚紀の胸にぎゅっと抱きついた。
「……思い出せて、よかった。尚紀さんが、私の初恋で、今も変わらず好きでいてくれているって、分かって……ほんとに、よかった」
その瞬間、尚紀の腕に、ぐっと力がこもった。
「もう、二度と離さないからな」
低く、静かな声。
けれどそれは、誓いのように——強く、揺るぎなかった。
指に通された指輪は、ずっとそこにある。
それはただの装飾じゃない。
咲にとって、今やっと手にした“確かな愛の証”だった。



