心地よいテノールが耳に馴染んだ。まるで、ずっと最初からそこにいたかのように、自然に、当たり前のようにそこに存在している。
視線だけを横に滑らせる。
すごく、泣きそうな気分だった。
「安っぽいナンパかと思いました」
会っていない3年半の月日の分だけ、歳を重ねた麗人がそこにいる。ああ、こんな顔だったなと、他人事のように考えてしまう自分も、彼と同じだけ歳をとっていた。
ほんの少しだけ疲れたような顔をした彼が、あの頃と変わらない表情であたしを見下ろしていた。
「あなたってこういう、クサいセリフが好きなんじゃなかったの?」
「あたしも空蝉さんも、この3年で変わったんだと思います」
空蝉真が、当たり前のように隣にやってきた。
夢見麗を絶望させたら、空蝉真の勝ち。勝負に勝ったのはあなただった。ルールに則れば、あたしはもう、空蝉さんに近づいてはいけないはずだった。
だけど、3年の時間を経て、空蝉さんの方からこちらに近づいてきた。彼からあたしに近づいてくるのはきっと、ルール違反じゃない。
数年使われていなかった空蝉真の連絡先から、場所と時間が記されたメッセージが届いたときは驚いた。だからあたしは、ここにやってきた。来る以外の選択肢はなかった。だが、あたしたちの関係が進むとはどうしても思えなかった。
あたしが、変わってしまったから。
空蝉さんに乙女の部分を暴かれて、空蝉さんに知らない世界を見せてもらって、空蝉さんに絶望させられた。
あたしはそれをもってして、すこしだけ、大人になった。大人になって現実を知るほどに、自分のことも客観的に見られるようになったから、その分、ちょっとだけ垢抜けた。だが、世界はあたしが思っていたよりも煌めいてはいないことに気付いてしまった。
垢抜けた分、擦れた。運命を呪ったから、あたしはもう、かわいい乙女じゃいられない。
あたしはそれを、包み隠さず口にした。
「……あたし、純情なままじゃいられなかったんです。空蝉さんだけって、本気で信じてたのに、一途な気持ちですら、棄ててしまった」


