乙女解剖学



 しずかに呼吸をしているつもりなのに、指先が震えてくる。

 未知のモノに対する、先の見えない不安がそこに広がっていた。

 空蝉さんとあたしはこれからどうなってしまうのだろう。ふたりが、ふたりがこれから、生きていくためには、どうしたら良いのだろう。

 そんなことばかりを考えるあたしをよそに、空蝉さんは男性達にひとつ、疑問を投げかける。



「……母は、生きているんですか?」



 空蝉さんは、それとなくほのめかされたお母さんの存在が気になった、らしい。

 金融業者の男性は、空蝉さんの言葉に軽く微笑む。だけど目が笑っていない。虎視眈々と、何かを狙う蛇のような目つきが、どうしようもなく気持ち悪かった。



「ええ。再婚して、そちらで公務員の旦那と、子どもがふたり。ミノルさんの息子さんが返さないって言うのなら、そっちに取り立てるしかなくなるんですよねえ」



 どうします? と、口調だけは優しい男性が、嗜めるように空蝉さんを見る。

 空蝉さんは、何を考えているのだろう。

 突然明かされたお母さんの居場所と、自分の知らない母の生活を知って、空蝉さんはどうするのだろう。きっと彼は、ショックを受けているはずだ。自分を捨てたお母さんが、空蝉さんのいない人生で、新しい家庭を築いているだなんて。


 あたしは、何も言えなかった。

 空蝉さんの不幸を半分背負うって、そう約束したはずなのに。それなのに、あたしは、怖くて何も言い出せず、空蝉さんが話し始めるのをしずかに待っていた。

 彼は、どうするのだろう。空蝉さんのお父さんが最期に残した借金は、一体どうすれば。

 空蝉さんがやっと、口を開く。



「……わかりました。この子と、母への接触は、やめてください。僕が、なんとかしますから」



 覚悟を決めたような空蝉さんの声が聞こえてきた、その瞬間だった。

 どん、と空蝉さんに肩を思い切り押される。

 肩に衝撃が走る。倒れはしなかったものの、そのまま身体がよろけて、一歩、二歩、離れる。

 空蝉さんは、他人のような顔をして、あたしをつめたく見下ろしていた。



「……きみ。ひとりで帰ってもらえる?」