現実主義を拗らせた彼に寄り添える言葉を必死で考えた。
頷くのは簡単だけど、出来もしない約束をするのはやめたかった。あたしは、空蝉さんに対して誠実でありたい。彼の家族の話を聞いて、余計にそう思った。
全部。今ここで、全てを投げ出して空蝉さんに身も心も捧げる覚悟。大学も、バイトも、家族も、友達も、全部投げ捨てて、この人と一緒になる。それはそれですごく素敵なことだ。
だけど。そんな重要な決断を、今しろと言われても、どうしたら良いかわからない。
すこしずつ、一緒に生きていくのじゃあ、だめなのだろうか。彼の不幸をすこしずつもらって、それを積み重ねて、彼の生活から少しずつ嫌なことを減らして、幸せを積み重ねる生き方は、できないのだろうか。
そんなことを言おうとしたとき。先に声を上げたのは空蝉さんだった。
「それが叶って、麗さえ居てくれれば、おれは現実を棄てて夢に走れるのに」
彼はひとり、水から上がって、砂浜を歩き始める。距離にして5メートル。濡れた足に、砂の汚れがくっついていた。
彼はこちらを振り返り、かなしそうな顔をした。
「麗。きて」
——すべてを棄てて、走り出した。
あなた、ほんとうに狡いよ。そう言って、あたしが断れないのをちゃんとわかってる。だってあたしは、空蝉さんの前では無力だから。
砂浜を蹴る。思い切り、空蝉真に飛びついた。
世界のバランスが崩れて、ふたりきり、砂に沈む。頭の中が多幸感と高揚感でいっぱいになって、なぜかわからないけれど、泣いていた。


