廃校になった学校とはいえ、校舎の扉には鍵がかかっていた。
だけどすぐ近くに割れた窓があったから、そこから手を伸ばすと窓枠の内鍵を外すことができた。校舎には、そこからかんたんに侵入できてしまった。
そのままふたりで、知らない学校の階段を登り、2階、3階へと進んでいく。そのまま、階段を登ってすぐのところにあった2年A組の教室に入った。
机が乱雑に並べてあって、どれも砂埃をかぶっている。窓を開けると、わりと近くに海が望めた。地平線は、真っ直ぐに見えて、ほんのすこしだけ、よく見ないとわからないくらいの曲線を描いている。地球はたしかに丸いのだな、と思った。
「ここで授業を受けていたら、ずっと外ばかり眺めてしまいそうですね」
独り言を呟きながら、窓際で海を見つめた。田舎はたぶん好きではないけれど、この土地の静けさとか、海の穏やかさは、嫌いじゃなかった。
うしろから、かたり、と音がする。見ると、空蝉さんが、あたしの立っている窓際からすぐ近くの机に寄りかかって、こちらを見つめていた。彼は、自分の服が机に積もった砂埃で汚れることなんて、全く気にしていない。
「……うらら」
静かな教室に、あたしの名前を呼ぶ声がぼたりと落ちる。至極まじめな顔をして、そっと、やわらかい音を教室に響かせた。
「半分背負うって言ってくれて、うれしかった」
空蝉さんの発言に全く脈絡はなかった。
窓から見える海の話でも、学校の話でも、この土地の話でもない。彼は、あたしが過去に言った言葉をただ反芻して、それを口に出した。それが当たり前であるかのように。
「ここに来てから、麗のこと。あまり嫌いじゃなくなった、のかも」


