過ぎ去っていく元恋人の後ろ姿が消えるまでに彼を忘れようと思ったけれど、まあ全然無理な話だった。
誤魔化すように深く、深く息を吸う。はやく忘れなければ、と思った。
空蝉さんに挨拶をして帰ろうと思い、後ろを振り返る。さっきまであたしと空蝉さんがふたりで寄りかかっていたガードレールに、今度は空蝉さんだけがもたれている。
足元には、空蝉さんの彼女がうずくまっていた。声を上げて泣いている。
こちらも大変だな、と思った。こんなことをするくらいなら、最初から浮気なんてしなければ良かったのに。なんだか自分とは違う人種みたいだ。
遠目でふたりを見つめていると、空蝉さんがこちらの様子に気づいて、ひらりと手をあげた。あたしは軽く会釈をする。
「あたし、帰ります」
「あー、おれも帰ろうかな。タクシー乗り場まで一緒に行こ」
「え、でも、彼女さん」
空蝉さんはまるで虫けらを見るみたいな視線を足元に向けて、んー、とどっちつかずな相槌を打った。
ぞくり、腰のあたりが震える。
まるで、人間を見ていないような目つきだ。そりゃあ、あたしだって坂本くんのことを猿だなんて形容したけれど、それよりもずっと、容赦のない視線だ。
「いいの。もう他人だから」
ほんの数分前まで恋人だった関係が壊れるのは、あまりにも呆気なくて、あまりにも非情で、あまりにも簡単だった。
見たくないものに蓋をするかのように視線を逃がして歩き始めた。軽快な足音を立てて、隣に空蝉さんが並ぶ。


