夜ご飯は、民宿のおばあさんに用意してもらった食材を使って、かんたんにできるお鍋にした。夏なのにお鍋なのは不服だったが、ふたりとも、それ以上のものを作る体力も気力も残っていなかったのだ。
板間のテーブルを囲み、手を合わせる。
「明日は、どうするんですか」
「明日も、一緒に作業。明後日は役所で手続きがあるから、おれはあの家に居られないし、自転車もおれが使うけど、麗はどうする? ここで休んでいてもいいけど」
「……お家の片付け、やりますよ。服なら問題ないでしょうから、押し入れの服、まとめて袋に入れて、ゴミ捨て場まで往復します。それくらいなら、できます」
「無理しなくても、2週間あるんだからゆっくりでもいいよ」
「手分けして早く終わらせて、後半休みましょうよ。夏休みの最終日みたいに、後から焦るのは嫌です」
湯気の立つ豆腐を崩して、口に運ぶ。あっさりとした塩気が、身体全体に染み渡った。
「じゃあ、後半、何したい? 麗、頑張ってくれてるから、ご褒美」
「あたしを不幸にしたい空蝉さんからのご褒美だなんて、明日は雪でも降るんでしょうか」
「つまらない冗談はいいから、素直になって。おれの気が変わらないうちに」
「……じゃあ、海に行きたい」
海? と尋ね返されて、海、と答え返した。この土地が海に近いことを、さっきスマホのマップを見たときに知ったからだった。
空蝉さんは白菜を咀嚼してから頷いた。
「いいよ。じゃあ、それまでに頑張らないとね」
その言葉だけを残して、あたしたちの間に沈黙が走った。
聞きたいことはたくさんあった。
お父さんのこととか、あの家のこととか、空蝉さんの生育歴とか。だけどその話を切り出すタイミングはきっと今じゃない。だから今日は、知らない世界をすこしだけ知った自分を労わって、眠りたかった。


