自転車の二人乗りをしてから十数分。到着した民宿は、見た目だけではやっているのかどうかよくわからない、古ぼけた外装の、あまり大きすぎない建物で、灰色の外壁が特徴的だった。
正面入り口から中に入ると、たしかに建物や内装は古かったが、ある程度の手入れは行き届いているようだ。
ぐるりあたりを見回すと、うちわを持ったおばあさんが、ロビーのソファに座ってテレビを観ている。空蝉さんが声をかけると、おばあさんはゆっくりと立ち上がって、受付にまわり、空蝉さんとなにやら話し始める。
そっちで座って待ってて、と空蝉さんに告げられ、ロビーの椅子に座っていたので、空蝉さんとおばあさんがどんなことを話しているのかはわからなかった。
だけどときおり聞き慣れない空蝉さんの笑い声と、たのしそうなおばあさんの声が聞こえてきたので、悪いことにはなっていないようだった。
そういえば、空蝉さんは女性と話す道のプロだった、と思い返す。
すぐそこにあたしの知らない空蝉さんがいて、ちくりと心を痛めそうになったが、おばあさんに嫉妬することはこのうえなく不毛なので、それ以上考えることはやめた。
「麗、おまたせ」
おばあさんと話し終えた空蝉さんが、こちらに戻ってくる。
「手続き、できました?」
「うん。ここ、おれらしかお客さんいないみたいで、あと2週間、ここはふたりだけで自由に使えるみたい。今日は早めにご飯食べて休もう」
「あのおばあさんは?」
「家に帰った。ここからすぐのところに、別で家があるって」
「そうなんですね」
ふたりで建物のなかをぐるりと回る。
建物は2階建てで、1階にはロビーと床の間、そして簡易的なキッチンがあって、2階には和室が2部屋あった。2階の広い方の和室にしか冷房がついていなかったので、その部屋をふたりで使うことに決める。


