乙女解剖学



 その後空蝉さんは、家の外壁に立てかけられていた自転車を引っ張り出して、フレームを洗うようあたしに命じた。タイヤに空気を入れれば使えるみたいだから、ここにいる間の移動手段にしようとのことだった。

 それは、あたしが家の中のモノを触ることのないように、という彼なりの配慮だった。彼からの好意は、素直に受け取ることにした。

 玄関脇の日陰に入り、水で絞ったタオルで、砂埃のついた自転車のフレームを拭いていると、徐々に自分の置かれた状況についても整理がついてきて、多少は気分が落ち着いてきた。それから数時間、あたしたちは各々、違う作業をした。







「これだけゴミ出したら、今日は帰ろう」



 フライングだけど仕方ないよね、と空蝉さんは言って、燃えるゴミの袋をまとめた。何袋かあるうちの一袋には中に発泡スチロールが詰まっていて、それが一番軽いからという理由であたしがその一袋だけを持つことになった。

 彼はいつの間にか軍手をつけていた。それがすでに汚れているということが、家の中の作業がそれだけ凄惨であったことを物語っていた。彼は夏が似合わないと思っていたけれど、軍手はもっと似合っていなかった。

 徒歩15分の道を歩き、ゴミ捨て場に荷物を放り込む。こんな限界集落でも多少は人が住んでいるから、ごみ収集くらいはまともに稼働しているらしい。バスは1日に2本しかないくせに。変なの。



「夜ご飯は、どうしますか」

「民宿の人に、数日分の買い物頼んどいたから、向こうに食材はある。何か作って食べようか」

「そんなことまでしてもらえるんですか?」

「田舎の人はね、人との繋がりを求めてるんだよ。交渉して、下手に出て、若者は若者らしく歳上をおだててやれば、勝手に良くしてもらえるんだよ」



 一度空蝉さんのご実家に戻り、あたしが昼間綺麗にした自転車に空蝉さんが跨る。あたしも荷台に跨って、空蝉さんの腰に抱きついた。

 ここに来るときに着てきたワンピースは、作業のときに裾が邪魔になったから、Tシャツとデニムのスキニーパンツに着替えていたので、自転車にはスムーズに乗れた。

 カゴにあたしのバックパックを、空蝉さんの肩には彼のトートバッグを、荷台にはあたしを載せた自転車が、ふらつきながら前に漕ぎ出す。



「危険運転だって警察に止められたら、どうしましょう?」

「警察はおろか、車も歩行者もいないから、大丈夫」

「じゃあ、いっか」



 夏の夕方、風を切ってふたり。彼に抱きつく体温が妙に熱かった。