ひとまず、入ってすぐの玄関脇にあるダンボールの中身を片付けることにした。
空蝉さんが渡してくれたゴミ袋を片手に、段ボールを開ける。
「……っ、あ」
開けた瞬間に立ち上ってきた、嫌悪感と、罪悪感。そこには、もうこの世にいない男の欲望が影を落としていた。
「麗、どうしたの」
背後からやってきた空蝉さんが、あたしの手元を覗き込む。そのまま、声の出せないあたしの代わりに、呆れたような声色で言った。
「……あーあ。あなた、初っ端から運わるいね」
段ボールに乱雑に入れられた、アダルトビデオのDVDパッケージと、おそらく使用済みの、黒ずんだ玩具を目の前にして、その場から動けなくなった。
空蝉さんは黙ってダンボールの蓋を閉じ、そのまま、あたしを抱きしめた。
「ごめんね。ごめん」
「なんで、空蝉さんが謝るんですか」
「おれが謝んなくて、誰が謝んの」
「べつに、だれも悪くないですから」
大人が欲を発散するのも、それを片付けのついでにたまたま見てしまったのも、それは偶然の不幸だっただけで、誰も悪意をもっていなかった。だから、あたしも、空蝉さんのお父さんも、もちろん空蝉さんも、誰も悪くない。
だけどあたしの手はふるえていた。知らない場所で、知らない家で、知らないだれかの現実的な欲望に触れてしまって、なぜか恐ろしかった。
ひとしきり空蝉さんがあたしを抱きしめる。こんなにやさしい彼ははじめてだ。
そういえば、彼の態度が軟化しはじめたのは、ベランダで突き落とされそうになったあの日、「あなたの不幸を半分背負う」とあたしが言ったときからだった。
だけどあたしは、彼の不幸のかけらを見つめているだけで、まだ何も背負えていない。あたしを抱きしめる彼は、一体この部屋で、何を見てきたのだろうか。


