乙女解剖学



 思わず、咽せて空咳が出る。なんのにおいだろうか。何かが腐って、発酵したようなにおいと、強烈な埃のにおいと、他人の家のにおいが、全部混ざったようなかんじだ。

 空蝉さんが呆れたようにこちらを向く。



「……窓開けてくるから」



 空蝉さんが玄関の扉を開け放して、そのまま土足で家の中にあがる。足音と、窓を開ける音が交互に繰り返される。

 咳が落ち着いてきた頃、やっと家の中の様子を見ることができた。

 手前にはわずか5畳か6畳くらいしかなさそうな、狭い畳張りの居間があって、左手にはそれよりもさらに狭い部屋が襖で区切られていた。居間の奥には小さいキッチンがあるのが見える。

 ひどく、散らかっている。ゴミ屋敷とまではいかなくとも、空蝉さんのお父さんがかなり荒んだ生活をしていたことだけは、手に取るようにわかった。

 ふと、思い出すことがあった。



「……慣れてるって、こういうことだったんですね」

「なんの話」

「前に、空蝉さんがはじめてあたしの家に来たとき。散らかったあたしの部屋を見て、空蝉さんは『いいよ。慣れてるから』って言ったでしょう」

「そんなこと、言ったっけ。覚えてないな」



 覚えてなくても、きっとそういうことだ。空蝉さんは、こういう生活を知っていたから、散らかったあたしの部屋を見ても平然としていたのだろう。

 それにしたって、世界でいちばん麗しい空蝉さんがこんなところで育ったなんて、信じられない。だけど彼は、全ての物がどこにあるのかわかっているみたいに片付けをはじめてしまっている。



「……すみません。あたしも、手伝いますよ。この辺の荷物、開けても良いですか」

「うん。何かあったら言って」



 靴を脱ごうとしたけれど、畳に染みついているよくわからない黒ずみがどうしても気になってしまって、結局サンダルのまま上がってしまった。