ここからさらに30分歩く、という空蝉さんの発言にはぎょっとしたけれど、彼はあたしの荷物をすべて持ってくれた。その代わりとでも言うかのように、空蝉さんは自分の荷物からスポーツドリンクを取り出して、こちらに差し出した。
「あいにく、麗を抱えて運ぶ余裕はないから、倒れないでね」
「大丈夫です、すみません」
空蝉さんの色白の肌は、炎天下が似合わない。炎天下というか、夏が似合わないのかもしれない。すこしだけ可笑しかった。
「これから2週間、空蝉さんの実家に泊まるんですか?」
「ううん。少し離れたところにある民宿の部屋を2週間借りられたから、そこで」
「ふたりとも?」
「うん。ふたりで」
あたしの知らないところで、全ての手筈を整えてくれていたらしい。なぜだか勝ち誇った気分になった。
空蝉さんに持たせられたスポーツドリンクの中身がなくなった頃、彼の実家に到着した。
とはいってもそれは、錆びたトタン張りの外壁に囲われた小屋のような見た目で、大きい地震が来ればひとたび崩れてしまいそうな、そんな脆そうな見た目をしている。よく言えば質素で、わるく言えば粗悪な、そんな、こぢんまりとしたおうちだった。
「麗、マスク持ってる?」
「え? 持ってきてないです」
「ごめん、言うの忘れてた」
空蝉さんはトートバッグから不織布のマスクを取り出してこちらに渡し、自分にも同じものを装着した。言われるがままにゴム紐を耳にかけるも、サイズが少し大きかった。
「土足でいいから」
彼に続いて、建て付けの悪い玄関扉から中に足を踏み入れる。家の中特有の蒸し暑さを受け止めると同時に、むわり、とした不快なにおいがマスクを貫通した。


