乙女解剖学



 あたしからの問いかけに、空蝉さんが口を開いた。移動中に会話をするのは、業務的なものを除けば、これがはじめてだった。



「親父、死んだんだよね」

「……空蝉さんの、お父さん?」

「うん。少し前に」



 前に空蝉さんと交わした会話を思い出す。空蝉さんになぜ娼夫をしているのかと尋ねたら、「親父の尻拭いをするため」と言っていた。

 空蝉さんのことを知るには、彼のお父さんのことを知らなくてはいけないなと、そんなことをなんとなく考えてはいたけれど、彼の父親は亡くなってしまったらしい。



「……そうなんですね。それで、こっちに?」

「うん。葬儀とかは勝手にやってもらったけど、実家は老朽化がひどいから取り壊すことになってね。どうせろくなものは残ってないけど、遺品整理とかで、一度は来ないといけなかったから」

「他のご家族は」

「母も兄弟もいないから、肉親はおれだけ」

「……そうですか。じゃあ、あたしはその片付けを手伝えば良いんですね?」

「そうしてもらえると助かるけど、無理強いはしないから」

「いつもみたいに、やれって言わないんですか」

「事情が事情だから」



 変なの、と溢したとき。バスがゆっくりと停車した。慣性で身体が前のめりになる。空蝉さんがあたしの手を引いた。



「降りるよ」



 あわてて荷物をまとめた。

 全く何もない道の真ん中にポツンと現れた、簡易的なトタン屋根があるバス停に、あたしと空蝉さんだけを残して、バスが去っていく。

 世界には、あたしと空蝉さんしかいなかった。