空蝉さんは何かを誤魔化すかのように、タオルにボディソープを足して、泡立たせる。そのまま、あたしの内腿に滑らせた。
くすぐったいような、そんな妙な感覚がして、呼吸が荒くなる。
話している最中に彼がこんなふうにあたしを弄ぶのは、自分の話を聞いてほしくないから、そしてあたしに嫌われたいから、なのだろう。
むしょうに腹が立つから、全ての集中力を空蝉さんの言葉を理解することに捧げた。
「前に話したでしょ。おれ、大学はおろか、高校もちゃんと行ってないの。ぜんぶ、親父の作った借金のせい。ずっと生活が終わってた。世間知らずのお嬢様にはわからないことだよ」
肌の上を滑る手の感触が、思考の邪魔をする。あたしに余計なことを考えさせまいと、そういう意思があった。くすぐったくて叫びそうな気持ちを必死に押し留める。
「知りたいって思うのは、罪ですか」
「あなたがそれを知ったところで、どうするの」
「理解しようと務めます」
瞬間、シャワーの湯が背中に当てられる。やっと、からだ全体を這っていた泡が洗い落とされた。湯の感触はあたたかかった。湯気が浴室に充満する。
息苦しい空間で、空蝉さんが言った。
「じゃあさ、そんなあなたに提案があるんだけど」
「提案?」
「来週の土曜日から、2週間予定を空けられる? 地元でいろいろ、やることがあってね」
空蝉さんからの誘いはいつだって突然だった。そんな急に、2週間も予定を空けろ、だなんて。夏休みだから授業はないけれど、友人との約束も、バイトの予定だってすでに入ってる。
「そんな、急に」
「……全部を投げ出してこっちに来るっていう覚悟が麗にあるなら、おれもそれなりに考えるし、あなたが知りたいこと、ぜんぶ教えてあげるけど」
「それって、」
「返事は。どっち」
イエス、と言うしかなかった。
王子様の過去はきっと、深くて、暗くて、見えにくいところにあって。そんなところをひとりで歩いて来た空蝉さんは、人よりもずっと、世界をよく見てる。だから彼は現実主義を捨てられない。捨てた瞬間に潰れるのは空蝉さんの方だから。
すべてを諦めたような彼の瞳が、何も知らないあたしにとっては未知のものだった。あたしは彼の瞳の、未知の輝きに惹かれた。もっと近くで見たいと思った。あたしはあなたと全然ちがうけど、やっぱりあたしは、あなたの見ている世界を半分だけ見たかった。だから、あなたの世界を半分、頂戴よ。


