やっと、彼が感情を露わにした。あたしは、この瞬間を心から待ち望んでいた。
「何も知らないくせにって言うんなら、全部言ったらどうなんですか? そりゃあ、知ってるわけないじゃないですか。あたしと空蝉さんなんて、他人なんだから」
「あなた、ほんとに勝手だね。麗はおれのことを勝手に王子様扱いして、今度は他人とか、笑わせないで。麗はおれのことが好きなんじゃなくて、王子様を追いかける自分に酔ってるだけだろう?」
「話を逸らさないでください。何も知らないくせにって言うなら、全部教えてくださいよ。何で娼夫をしてるんですか? どういう生い立ちなんですか? ほら、言ってくださいよ。それを言ってから、あなたの言う温室育ちの夢見麗を馬鹿にしたらどうです?」
ぽろぽろと、溢れゆく言葉は留まることを知らない。裸のままに彼に文句を言う自分が滑稽だなとは思いつつも、それでも熱量と共に湧き上がった言葉を喋らないという選択肢はなかった。
後ろにいる空蝉さんがどんな顔をしているのかはわからない。わからないけど、顔を歪めているのだろうとは想像できた。
「じゃあ、おれが娼夫をする理由は何だと思ってる?」
質問に質問で返すのは空蝉さんの悪癖だ。だけどそれをするときの空蝉さんは、ほんの少しだけ怯えてる。
自分のことを理解されたい気持ちと、理解されたくない気持ちを両方とも抱えているから、あたしが答えられるはずのない質問を投げて、ひとりで勝手に安心しようとする。
だけど、あたしはそれに乗ってあげた。皮肉屋で、リアリストの空蝉さんの口を開くには、こちらが一歩引かなければならない。
「……お金が欲しいから?」
「間違ってはいないけど、模範解答じゃない」
「じゃあ、生活をするため」
「ううん、違う」
このやりとりは不毛だけど、それをしなくちゃいけない理由が彼にはある、と思う。彼は現実ばかりを見過ぎているから、言葉のクッションが必要なのだ。
「正解は、親父の尻拭いをするため」
一度、唾を飲み込んだ。現実を受け止めたくないのはあたしだって同じだ。


