空蝉さんは、自分がそういう、身体を売る仕事をしていることを隠そうとはしなかった。彼はあたしの言うことにただ頷いて事実を認めただけで、弁明もなければ、説明もしなかった。
「あーあ。もっと色々、考えてたのにな」
ボディタオルを持った空蝉さんの手が肌の上をすべっていく。背中を洗い終えた手が前面に伸びて、今度はお腹からぬるぬると身体を清められた。
「色々、って?」
「タイミング。あなたを完璧に信用させて、どろどろに甘やかしたあとにおれが娼夫だって明かしたら、勝手にあなたが絶望してくれるかもって、そう思ったの」
そんな言葉と同時に、空蝉さんの手が胸の膨らみに伸びる。柔らかく撫でられて、上半身に力が入った。
空蝉さんがうちに泊まっていたあの3日間、彼はあたしを甘やかしていた。直前まであたしをベランダから突き落とそうとしていたのが嘘みたいに、急に優しくなったのだ。
なるほど、と勝手にひとり納得する。
彼はそういう方向に舵を切っていたのだ。とびきりの優しさを一度与えて、そのあとに自分の秘密を暴露する。天から地に突き落とされたあたしが、勝手に空蝉さんから離れていくことを、彼は期待していた。
「……空蝉さん、もっと本気でやってくださいよ」
「おれは、ずっと本気だよ」
ぴん、と膨らみの中心を戯れに指先で弾かれた。ぐ、と腰に力が入る。たった一瞬触れられただけなのに、切ない感覚でいっぱいになった。
「本気なわけがないでしょう。空蝉さんは、ずっと中途半端ですよね」
「なんなの。中途半端なお姫さまにおれの何がわかるの」
「あたしに嫌われたいくせに、やることなすことが全部中途半端なんですよ。今日だって、アパートの前で待つあたしを無視して建物に入るくらいじゃないと、生ぬるい。あなたは、あそこで一晩待ったあたしを連れて、こうやってシャワーを浴びさせるくらいにはあたしにやさしいんです。あなた、ほんとうにあたしに嫌われるつもり、あります?」
そこまで言い切った瞬間、左肩に激痛が走った。
見ると、あたしの言葉を聞いた空蝉さんが、後ろから思い切りあたしの肩に噛みついていた。
「いっ、……た!!」
「あのね、おまえは何を知ってそんな口叩いてんの?」
今までで一番乱暴で、今までで一番悲しそうな声が浴室に反響する。


