乙女解剖学



 ヒールのついたサンダルをつっかけて、王子様の後ろを追いかけた。

 皺だらけのワンピースに、崩れた化粧、浮腫んだ脚。だけどあたしは、この瞬間、誰よりも目が血走り、全身で恋をしていた。


 エントランスをすり抜け、4階の角部屋にやってくる。久しぶりに入る空蝉さんの部屋は、懐かしい匂いがして胸が高揚した。

 だけど、あたしのときめきとは裏腹に、空蝉さんは不機嫌そうだった。部屋の電気を点けながら言う。



「それで、聞くけど。なんであんなところで待ってたの?」

「……聞きたいことがあったんです」

「そう。じゃあ、ゆっくり話でもしてあげるから、お風呂にでも入ったら。身体、洗ってあげるよ」

「え、?」

「ほら、早く」

「じ、自分でも、洗えます」

「ううん。おれが洗う」



 急な話の展開についていけないあたしに、空蝉さんが目を細める。



「おれにとって悪い話だったら癪だから、おれが精神的に優位になれる状況でなら、聞いてあげる」

「……」

「ほら。はやく脱いで」



 空蝉さんは、ちょっとだけおかしい。

 自分にとって悪い状況になりそうなときでも、冷静に、あたしを追い詰めるための余念を欠かさない。そんな完璧すぎるところが、愛らしいけど時々憎らしい。

 だけど、あたしは彼を出し抜かなきゃいけない。



「脱ぎますよ。好きにしていいから、本当のことを話してくださいね」